第14話 未知への契約
市役所地下、探索者支援室の奥。
直哉は、案内された廊下を進んでいた。
壁は無機質な灰色で、空調の音すら聞こえない。
まるで、外界から切り離された空間。
(……なんか、やたら静かだな。ここだけ別の施設みたいだぞ)
(『直哉、心拍が上昇しています。緊張していますか?』)
(いや、してないし。してないけど……してるわ!)
(『素直でよろしいです』)
「こちらです」
案内係の職員が、無言で扉を開ける。
中は、応接室風の落ち着いた空間だった。
木目調の机と革張りの椅子が対面に置かれ、壁には控えめな装飾画と観葉植物が配置されている。
ただし窓はなく、空調音すら聞こえないほど気密性が高く、外界との遮断を意図した構造になっていた。
「失礼、します?」
直哉が入ると、すでに1人の人物が座っていた。
スーツ姿だが、探索者課の制服とは異なる。
目元は鋭く、資料の束を静かに整えている。
「神谷直哉さんですね。お座りください」
直哉が椅子に腰を下ろすと、男は一枚の紙を差し出した。
「まずは、こちらにサインをお願いします。守秘義務契約です」
「……守秘義務?」
「はい。この部屋で提供される情報は、外部に漏らしてはいけません。
口頭でも、ネットでも、ご家族にも。誰にもです」
直哉は紙を見下ろす。
契約書には、明確な文言が並んでいた。
(『本契約に署名した者は、以下の情報を第三者に開示してはならない。
違反した場合、魔石による強制力が発動し、行動が阻害されるようです。
それでも違反しようとした場合は、記憶の封鎖・探索者資格の剥奪・魔石感知能力の消失が発生する可能性がある、とのことです。』
(……イチカ、これって本当にサインしていいやつか?)
(『はい、契約内容は明確なので問題ないでしょう。
ここで得た情報を外部に漏らさないこと。違反時には魔石による強制力が発動します』)
(つまり、破ったら脳内バチバチってこと?)
『表現が雑ですが、概ね正しいです』)
(うわぁ……でも、まあ、ここまで来たら引けないよな)
直哉は静かに頷き、ペンを取り、署名欄に名前を書く。
「ありがとうございます。では、ご説明いたします」
* * *
「まず、神谷さんに伝えるべきことは──現在、確認されている最高階層は第5層です」
「……第5層?」
「はい。ダン活アプリでも第4層以降の情報にはアクセス制限をかけており、通常の探索者は第3層の情報までしか見れないようになっていますので世間には知られておりません」
(たしかに、ニュースとかでも第3層がなんとかって話しか見たことない気がする)
(『その通りです。ダンジョンが何層まであるかは不明ですが、一般的に耳にする話題は第3層までです』)
「魔石のエネルギーを複数使って、一度に大きな力を出せることはご存じですか?」
「まあ、なんとなく」
「ですが、等級によってそれにも限りがあります。
そのため、大きな効果を得るためには、よい等級の魔石が必要なのです。
第4層以降では、そうした高等級魔石が出現し始めます」
(『つまり“高級魔石はパワフル”ってことです。
例えるなら、コンビニの電池と軍用バッテリーくらい違います』)
(それ、わかりやすいけど物騒な例えだな……)
「第4層以降に進んだ探索者は、一定の確率で特殊能力を得ることが確認されています。
それは魔石との適合性が高まることで、通常では起こりえない現象を個人の力として扱えるようになるものです。
しかし、特殊能力者が増えることで、社会的なバランス──特に治安面において懸念が生じています。
そのため、我々は無制限な侵入を避け、適性のある探索者を選別し、段階的に支援する方針を取っています」
「……俺が、その対象ってことですか?」
「その通りです。複数の条件があるのですが、低レベル帯での第2層特殊個体撃破はその条件の一つです」
男は机の引き出しから、黒い革装丁の本を取り出した。
「これは?」
「このスキル本の提供が最初のサポートとなります」
直哉は目を細めて本を見つめる。
革の表面には魔石の粒が埋め込まれており、微かに脈動しているように見えた。
「15年前、この世界にダンジョンが出現した際、ステータスという概念が生まれたことはご存じだと思います。
ですが、それと同時に“スキル”という能力も生まれたのです。
しかし、訓練によってスキルを習得することはほとんどありません。
スキル本を使うことで、初めてスキルが発現します」
(『興味深いです。ナオヤ、ぜひスキル実験を行いましょう』)
(なんか言い方怖いな!?)
「この本から得られるスキルは、“現象伝導”。
魔石の力を、より滑らかに、より強力に引き出すことが可能になるスキルです。
これを覚えているかが、探索者として大きな差となります」
「どうやって使えばいいんですか?」
「本に手を当てて、使うと念じれば使えます。
副作用として、軽度の頭痛と倦怠感が数分間発生しますが、危険はありません」
(……イチカ、これって本当に大丈夫?)
(『はい。体温上昇、発汗など通常と変わりなく、嘘をついている可能性は限りなく低いです』)
直哉は深呼吸し、スキル本に手を当てる。
念じた瞬間、魔石が反応し、光が走る。
脳に直接、何かが流れ込んでくる。
言葉ではない。動作でもない。
“感覚”そのものが、身体に刻まれていく。
「……っ、頭が……!」
(『スキャン中……これは……私にとっても初めての現象です。
正確なことは言えませんが、脳内に魔石と似たエネルギー伝導構造が形成されたようです。
魔石の力を脳内で直接処理するための器官かもしれません』)
(……俺の頭の中に、新しい装置ができたってこと?)
(『はい。ただし、これはあくまで私の分析と予測に基づく仮説です。
今後の経過観察が必要です』)
直哉は目を開け、職員に向き直る。
「これで魔石の力がうまく使えるようになるんですか?」
「はい、そうです。
通常、魔石を使う際は時間をかけて具現化したり、サポート機器を通して発動することが多いでしょう。
しかし、このスキルを得ることで、そういった過程を省略できるようになります。
魔石の力を、より直感的に、より高速に扱えるようになるのです」
「直感的に、ですか?」
「言葉だけでは伝わりにくいかもしれません。こちらをご覧ください」
職員はリモコンを操作し、壁のモニターを起動する。
映像が再生される。
画面には、礫砂漠のような荒れ地が広がっていた。
複数の探索者らしき人物が、ドローンで撮影された映像の中で模擬戦を行っているようだ。
1人の探索者が構えた瞬間、体が淡く光り──
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで相手の背後に回り込む。
別の人物は、静かに集中しただけで周囲に炎が広がり、爆発的な熱波が模擬敵を包み込む。
さらに、ある探索者は足元の砂を硬化させて防壁を形成。
その背後から、仲間が跳躍し、空中で雷のような光を放ち、敵の中心を正確に撃ち抜いた。
それは、まるで魔法のようで──いや、アニメのようだった。
(……やば……なにこれ……)
直哉の目が輝く。
戦いの緊張感よりも、そこに映る“動き”に心を奪われていた。
(アニメみたいに動いてる……! あのスピード、あの技──必殺技じゃん!)
(『ナオヤ、興奮しすぎて脳波が跳ね上がってます。落ち着いてください。鼻血出ますよ』)
(出ねぇよ! でもこれ、絶対やってみたい……!)
職員は静かにモニターを消した。
だが、直哉の興奮は収まらない。
椅子に座ったまま、拳を握りしめて小さく震えていた。
目はまだ画面の余韻を追っている。
「……俺も、あんな風に動けるようになるんですか? あんな技、俺にも……」
職員は頷き、落ち着いた口調で答えた。
「はい。現象伝導を覚えたことで、こういったことが可能になります。
もちろん練習は必要ですが、使えば使うほどできるようになっていくでしょう」
直哉は自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
その手が、わずかに震えている。
「神谷さん。ダン活アプリをご確認ください」
「……え?」
アプリを開くと、メニュー画面に見慣れない項目が追加されていた。
「“第4層以降の情報”……?」
「はい。契約者専用の閲覧権限です。
以降、あなたには第4層以降の情報が開示されます。
また、スキル所持者としての支援メニューも追加されています」
(『ナオヤ、メニュー構成が変化しています。
魔石支援、装備優先申請、戦闘ログ解析などが利用可能です』)
(……マジで、なんか“選ばれし者”っぽくなってきたな)
(『はい。中二病が現実に追いついてきました』)
(うるせぇ)
「さて、我々からの説明は以上となります。何かご質問はありますか?」
「えっと…」
(『今は大丈夫でしょう。ダン活アプリで専門の窓口もできているので、何かあればそこで解決できそうです』)
「今はまだ思いつかないです。ダン活に専門窓口ができてるみたいなんですが、ここでは守秘義務に関わることも相談できるんですか?」
「はい、もちろんです。
では神谷さんのご活躍をお祈りいたします」
「ありがとうございました」
直哉はスマホを握りしめ、立ち上がった。
その目には、迷いのない光が宿っている。
* * *
こうして、神谷直哉は“スキル持ち探索者”として新たなステージへと踏み出した。
次なる舞台は、第3層──未知と危険が待ち受ける領域。
だが、彼の足取りは、迷いなく、力強かった。




