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水槽少女は立ち上がる  作者: きさきなのは


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1/7

プロローグ

ある晴れた日。国中が祝宴の空気に包まれていた。


城下街には屋台が立ち並び、焼き菓子や香辛料の匂いが風に混じって漂う。

通りでは子供たちが駆け回り、楽師たちは陽気に楽器を携え、その場限りのセッションを楽しむ。その輪の周りでは道化師たちが笑いを誘い、踊り子が華麗に布を翻し、誰もが心からこの日を祝っていた。


それもそのはず、今日は勇者一行が魔王を討伐した記念パーティーが行われる日だ。


長く続いた瘴気とモンスターの脅威に怯え、外出すらままならなかった日々を思えば、人々の浮かれようも無理はない。


城内では、王自らが勇者を称えるセレモニーが行われていた。


「勇者パーティー‘‘暁星‘‘よ。この度の功績を称えよう。」


玉座の間に王の声が響く。その荘厳な響きに合わせて、群臣たちが一斉に拍手を送った。

その中で、勇者はただ静かに頭を垂れていた。


王が続ける。


「そなたの望みを申せ。国は、どのような褒賞でも与えよう。」


その瞬間、広間にざわめきが走った。

宝か、地位か、領地か。誰もがそう思っていた。

だが勇者は、少しの間だけ目を閉じ、そして静かに口を開いた。


「……報酬は、一つだけでいい。」


「申してみよ。」


「――教会の水槽に囚われている、シシリー族の少女を。彼女を、私に。」


沈黙。


聖職者たちの間に緊張が走り、王の背後に控えていた枢機卿が顔色を変えた。


「な、なにを……その娘は、“フローレス”だぞ!神の器に手を出すというのか!」


だが勇者の眼差しは揺るがなかった。

魔王の闇を見つめたその瞳が、今はただ一人の少女に向けられている。


「彼女は……人だ。そして、俺は彼女に“光”を見た。」


王はしばしの沈黙の後、静かに頷いた。


「――よかろう。その願い、聞き届けた。」






歓声ともため息ともつかぬざわめきが広間を満たす中、リュカは小さく息を呑んだ。


胸の奥が、何か鋭いものに突き刺されたように痛む。

だがその痛みの理由を、彼自身まだ言葉にできなかった。


――あの日、世界は確かに変わった。


けれど、それが“祝福”であったのか、“始まり”であったのかを知る者は、まだ誰もいなかった。



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