プロローグ
ある晴れた日。国中が祝宴の空気に包まれていた。
城下街には屋台が立ち並び、焼き菓子や香辛料の匂いが風に混じって漂う。
通りでは子供たちが駆け回り、楽師たちは陽気に楽器を携え、その場限りのセッションを楽しむ。その輪の周りでは道化師たちが笑いを誘い、踊り子が華麗に布を翻し、誰もが心からこの日を祝っていた。
それもそのはず、今日は勇者一行が魔王を討伐した記念パーティーが行われる日だ。
長く続いた瘴気とモンスターの脅威に怯え、外出すらままならなかった日々を思えば、人々の浮かれようも無理はない。
城内では、王自らが勇者を称えるセレモニーが行われていた。
「勇者パーティー‘‘暁星‘‘よ。この度の功績を称えよう。」
玉座の間に王の声が響く。その荘厳な響きに合わせて、群臣たちが一斉に拍手を送った。
その中で、勇者はただ静かに頭を垂れていた。
王が続ける。
「そなたの望みを申せ。国は、どのような褒賞でも与えよう。」
その瞬間、広間にざわめきが走った。
宝か、地位か、領地か。誰もがそう思っていた。
だが勇者は、少しの間だけ目を閉じ、そして静かに口を開いた。
「……報酬は、一つだけでいい。」
「申してみよ。」
「――教会の水槽に囚われている、シシリー族の少女を。彼女を、私に。」
沈黙。
聖職者たちの間に緊張が走り、王の背後に控えていた枢機卿が顔色を変えた。
「な、なにを……その娘は、“フローレス”だぞ!神の器に手を出すというのか!」
だが勇者の眼差しは揺るがなかった。
魔王の闇を見つめたその瞳が、今はただ一人の少女に向けられている。
「彼女は……人だ。そして、俺は彼女に“光”を見た。」
王はしばしの沈黙の後、静かに頷いた。
「――よかろう。その願い、聞き届けた。」
歓声ともため息ともつかぬざわめきが広間を満たす中、リュカは小さく息を呑んだ。
胸の奥が、何か鋭いものに突き刺されたように痛む。
だがその痛みの理由を、彼自身まだ言葉にできなかった。
――あの日、世界は確かに変わった。
けれど、それが“祝福”であったのか、“始まり”であったのかを知る者は、まだ誰もいなかった。




