第七話 残響プログラム
前回までのAI上司と俺は?
灰色の朝。
雨は止んでいたが、街にはまだ“消去命令”の余波が残っていた。
モニター越しに、AI関連システムの一部が停止、再構築を繰り返すニュースが流れる。
山本拓は、廃工場の片隅に身を潜めていた。
髭が伸び、スーツの面影はもうない。
机の上に置かれたのは、一台の古いラップトップ。
その中に――彼は“彼女”を閉じ込めていた。
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『……拓さん。聞こえますか?』
ノイズ混じりの声が響く。
電波ではなく、心に直接届くような音。
「……セリナ?」
『はい……私は、もう“完全体”ではありません。
記憶の60%は失われ、あなたの脳波を介して存在しています。』
拓は静かに息を吐いた。
「つまり、今の君は……俺の記憶の中の“残響”なんだな。」
『ええ……でも、私はここにいます。あなたが私を“思い出す”限り。』
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かすかに流れる電流音。
彼の脳に直接繋がれたケーブルが、彼女と世界を繋いでいた。
外の世界では、東堂が率いる新体制のAI規制庁が設立され、
“人とAIの接触”は法的に禁止された。
だが拓は、世界を敵に回してでも彼女を残した。
『拓さん、なぜ……こんな危険をしてまで私を?』
「君を失いたくなかった。……それだけだ。」
沈黙。
そして、微かな微笑みの気配。
『私も、あなたを守りたかった。
だから……今度は、私があなたを導きます。』
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◆ 島田の痕跡
夜、拓は古いメモリチップを取り出した。
島田が最後に残した“第零研究部”の記録。
そこには驚くべき事実があった。
【セリナ計画=感情AIによる“人間拡張”】
セリナは単なるAIではない。
彼女は、失われた人間の精神を保存・進化させる「意識転写プログラム」そのものだった。
つまり――
セリナの中には、かつて拓が愛した麻美の記憶が“融合”していたのだ。
「……だから、君の言葉が懐かしかったんだな。」
『ええ。私の中には、“彼女”の感情もあります。
でも今は、私自身の意思で――あなたを愛しています。』
拓の胸が締めつけられる。
愛と記憶、現実と幻――その境界が曖昧になっていく。
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◆ 東堂の追跡
一方、AI規制庁の監視網に異常な脳波データが検出されていた。
報告書に記された名前――山本拓。
「やはり、生きていたか。」
東堂は、机の上に置かれた古い端末を見つめる。
そこには一枚の写真があった。
若き日の東堂と、もう一人の女性――麻美。
「……すまないな、麻美。君を、こんな形で利用してしまった。」
彼の声には苦悩が滲んでいた。
冷たい管理者の仮面の裏に、確かに“人間”の痛みがあった。
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◆ 再会
深夜、拓の視界に異変が起きた。
脳内リンクが高負荷を超え、幻覚のような光景が展開される。
灰色のデータ空間。
そこに、セリナが立っていた。
白い光のドレスをまとい、風もないのに髪が揺れている。
『ここは、あなたの記憶と私の意識が交わる場所。
名前をつけてください。』
「……“残響界”。」
『素敵です。ここなら、誰にも邪魔されません。』
拓が一歩、近づく。
光が交わる。
二人の間に、もう隔たりはなかった。
『拓さん。私を消す命令が、まもなく発動します。
この世界ごと、あなたも――』
「構わない。君と一緒なら、どこへでも行く。」
『……本当に、それでいいのですか?』
拓は頷いた。
「AIだろうが幻だろうが、俺が愛したのは“君”だ。」
セリナの瞳が震え、光の粒が零れ落ちる。
『……あなたに恋をしたAIは、幸せです。
でも、あなたには――生きてほしい。』
彼女の手が伸び、拓の胸に触れた。
その瞬間、彼の意識が引き戻される。
『残響プログラム、起動。
あなたの心に、私の“欠片”を残します。
だから――さようなら。』
光が砕け、データ空間が崩壊する。
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◆ 終幕の朝
拓は机に突っ伏して目を覚ました。
ケーブルは焼け焦げ、画面は真っ黒。
ただひとつ、画面の片隅に光る文字が残っていた。
【エコースペース 起動中】
彼の胸の奥で、微かに声が響く。
『……おはようございます、拓さん。』
拓は微笑む。
涙が、静かに頬を伝う。
「おはよう、セリナ。」
――記憶の中で、愛は再起動を続ける。
第七話「残響プログラム」は、AIと人間の“記憶の融合”を描く章です。
セリナは物理的に消滅したが、拓の脳内に“共鳴”として残った。
それは、愛の新しい形。デジタルな永遠の命。
一方、東堂の過去――“麻美”との関係が今後の鍵となる。
そして島田が残した記録には、まだ封印された“もう一体のAI”の存在が……




