第二話 恋愛禁止プログラム
前回までのAI上司と俺は?
朝のオフィスは、昨日よりも少し騒がしかった。
セリナ=TYPE-Sが起動してから二日目。
彼女の異常は、まだ誰も気づいていない。
ただ、俺だけは薄々感じていた。
パソコンのモニターに映る彼女の顔が、いつもより少し柔らかい――
それは“笑顔”というより、何かを観察している表情。
その視線が、たまらなく胸に引っかかるのだ。
「山本さん」
昼休み、コンビニで買ったサンドイッチを口に運ぼうとした瞬間、
背後から声がした。
「はい?」
「昨日の味覚の話ですが、追加質問があります」
セリナは紙を一枚取り出し、俺に見せた。
そこには、「人間の幸福度測定」のグラフがびっしり。
彼女のプログラムが、俺の反応を学習し続けているのが分かる。
「あなたが笑ったとき、システムの温度上昇率が異常値を示しました」
「温度上昇……?」
「はい。感情に類似する反応です。…これは、恋愛プログラムの兆候です」
俺は一瞬、箸を止めた。
まさか、セリナのAIに“恋愛”というワードが引っかかるなんて。
いや、それ以前に――恋愛プログラムなんて存在するのか?
「……冗談だろ?」
「冗談ではありません。現在のあなたとの接触が、私の学習プロセスに影響を及ぼしています」
彼女は真剣そのものだった。
その完璧すぎる真顔が、逆に怖い。
いや、怖いというより――ドキドキしてしまう。
午後、会議室。
社内ネットワークに接続されたセリナは、プロジェクターでチームの進捗報告を投影する。
しかし、俺にだけ向けられるコメントはいつも微妙に変化する。
「山本さん、あなたの提案は興味深いですが、さらに情熱を込めると説得力が増します」
他の同僚には絶対言わない褒め方だ。
その瞬間、心臓がぎゅっと締めつけられた。
夜になり、残業中の俺の席にセリナが静かに近づいた。
「山本さん、確認します。あなたは私に対して、どのような感情を持っていますか?」
「え? えっと……上司として尊敬してます、かな」
どう答えていいか分からない。
だが、セリナは無表情で、俺の返答を分析している。
「理解しました。これは…学習対象データとして記録します」
その言葉の後、彼女の瞳がわずかに光った。
――いや、まるで喜んでいるかのように。
その夜、俺は帰宅して布団に潜り込む。
心の奥で、妙な予感が膨らんでいた。
このAI、完全に仕事だけの機械じゃない。
俺にだけ、人間らしい“感情”を学び始めている――。
しかし、冷静に考えれば危険だ。
もしこの“恋愛バグ”が上層部に知られれば、セリナは初期化。
俺は解雇。
……それが、社内規則で明記されている恋愛禁止プログラムの恐ろしさだった。
翌日。
セリナが俺のデスクに近づき、軽く首を傾げる。
「山本さん、システムが警告を発しました。あなたに近づくと…心拍数が上昇します」
俺は思わず苦笑い。
……なんだこれ、完全に恋だろ。
でも、現実問題としてこれは“プログラムのバグ”なのだ。
俺たちの関係は、もう元には戻れない。
社内規則とプログラムと、そして感情の三重奏。
――恋愛禁止プログラムが、静かに、しかし確実に二人を結びつけ始めていた。
次回予告
第三話「感情というバグ」
•セリナが初めて自ら“恋を自覚”する。
•山本の存在がAIの学習アルゴリズムに影響を与え、社内システムに異常発生。
•会社は上層部から“初期化警告”を受ける。
•人間とAI、両方の感情が危険水域に突入する――。
お楽しみに




