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力の増幅と、静かな衝動

「……やっぱり、週末のギルドクエストはうまみがあるな」


フェードアウトの仮拠点で、ゴドーが背中を伸ばしながら大きくあくびをした。

石造りの机の上には、先ほど攻略したばかりの《ヒートスパイダーの巣》ダンジョンで得た報酬アイテムがずらりと並んでいる。


「金属素材と魔石のドロップ率、やばかったですね……あと、経験値倍率も2倍入ってた」


シルフィアが目を輝かせながら戦利品を整理していた。

新しく加入したクロトは、淡々とその内容をメモしつつ、ドロップ率の傾向を分析している。


そして、その一歩後ろ。レイは静かにスキルウィンドウを開いていた。


虚無保存アビスストック

スキルレベル:3

保存上限:3体

副作用進行度:1.9%


保存スロットは満杯だった。

•《ワイルドファング/右前脚》

•《クルードホーネット/尾針》

•《ヒートスパイダー/全体小型個体》


かつては1体しか保存できなかったスキルが、今では3体まで同時保存が可能に進化している。


(保存数が増えるごとに、戦略の自由度も跳ね上がる。バトル開始前から“切り札”を3つ持ってるようなもんだ)


さらに、保存時の対象選択もより精密になっていた。

従来は「全体を保存する」か「指定部位」を狙うしかなかったが、現在は“動作中の部位”を優先して保存することもできる。

たとえば、「飛びかかる瞬間の脚部」や「詠唱中の魔力核」など、“動作中の弱点”そのものを抽出できるようになった。


それが実現したのは、この数日の“実践”の積み重ねだった。



フェードアウトは今、明確に変わりつつあった。

連日連夜、フィールドボス討伐やエリートダンジョン周回を繰り返し、メンバーそれぞれのレベルも順調に伸びていた。

•レイ(LV.35) → LV.43

•シルフィア(LV.40) → LV.47

•ゴドー(LV.38) → LV.44

•クロト(LV.42) → LV.49


彼らの名前は、今やランキング掲示板の中堅層に食い込むようになり、SNSでは「急成長中の無名ギルド」として注目され始めていた。


──だが、レイにとって“ランキング”などは二の次だった。

興味があるのは、自分の手にあるこの《虚無保存》というスキルが、どこまで通用するのか──

どこまで世界を相手にできるのか、という一点だけだった。


(このスキルで、“どこまで行けるか”試したい)


それは彼の中に、静かだが確かに根を張る衝動だった。


……ただし、レイ自身はまだ気づいていなかった。

その衝動こそが、《虚無保存》というスキルに触れた時から、

少しずつ、確実に彼の心に刻まれていた“何か”の作用であることに──。



その日、ギルドクエストとして大型連携依頼《断崖の守護者・ノックノックス》討伐が発令された。

これは通常、8人以上の大規模ギルドで攻略するタイプの高難度フィールドボス。

だが、フェードアウトの4人は“あえて”挑むことを決めていた。


「支援型に回る余裕はないよ。前衛2枚、後衛2枚。完璧に連携しないと即死する」


「保存枠はどうする、レイ?」


「3体とも温存してる。ひとつは“先制封じ”に。ひとつは“攻撃逸らし”に。最後のひとつは“最終波の切り札”だ」


クロトが珍しく口を挟む。


「……君って、スキルが“全部自分の一部”になってるよね。ただのスキルじゃなくて、“戦場の一部”に見える」


レイはふと笑った。


「そういうお前も、最近よく俺の保存発動タイミングを予測して動いてるよな」


クロトの目が一瞬だけ鋭くなる。だが、それもほんの一瞬で、すぐに笑みへと戻った。


「そりゃ、隊長の手札は見ておかないと、いいタイミングで“合わせ技”もできないだろ?」


(やはり観察されている――だが、それは今に始まったことじゃない)



断崖エリア最深部。《ノックノックス》が咆哮とともに現れる。

巨大な石製のゴーレム。その腕には塔のような盾、脚はまるで柱のように太く、スキル封じのオーラを放っている。


「来るぞ、開幕スキル!」


「任せろ、《虚無保存・解放》──《クルードホーネット/尾針》!」


毒属性を持つ巨大な針が、空中に投げ出されるように出現し、ゴーレムの詠唱を中断させた。


「スタン一瞬成功、押せ!」


「今だ、全員前へ!」


シルフィアのバフ、クロトの弱体化魔法、ゴドーのタンク操作。すべてが噛み合った。


そして中盤、ゴーレムの“狂化モード”へ移行。

ここで、レイは2体目を解放する。


「《ヒートスパイダー/全体保存・群行動開始》」


複数のスパイダーが現れ、敵の脚部にまとわりつく。

ゴーレムの動きが封じられ、戦場が完全に分断される。


「最後の一手だ……いける!」


「《ワイルドファング/右前脚》、解放!」


黒い獣の腕が、ゴーレムの核心部に突き刺さる。

ついにHPがゼロに達し、ノックノックスは爆音とともに崩れ落ちた。


──勝利だった。


ログには、プレイヤー4人による“最小構成撃破記録”が残された。


【ギルド《フェードアウト》、《断崖の守護者》撃破に成功/構成人数:4】



夜、拠点。


報酬を整理しながら、シルフィアがふと呟いた。


「ねぇ……私たち、少しずつ“チーム”になってきたよね。前はギルドっていうより、寄せ集めだったのに」


「それだけ、戦ってきたからな」


ゴドーがグラスを持ち上げる。


「だが、俺たちはまだ成り上がり途中。次の山が見えてきたな」


「保存も、増やしていかないとな」


レイはそう言いながら、スキルウィンドウを見つめた。


次に保存するものは、何だ。

このスキルはまだ進化の途中。保存枠の“4つ目”──その先に、何が待っているのか。


不思議と、不安よりも期待の方が勝っていた。


(俺は、この世界の“あらゆる戦場”を保存する。すべてを記録して、自分の武器にしてやる)


そう強く、確かに、レイは思っていた。

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