新たな加入者、揺れる均衡
「……というわけで、本日から我がフェードアウトに新メンバーが加入します!」
ギルド拠点の一室。シルフィアの明るい声が響く。
レイとゴドーが並んで座るテーブルの前に、一人の青年が立っていた。
「どうも。名前はクロト。前はソロで活動してたけど、これからは皆さんに混ぜてもらいます」
軽く頭を下げるクロト。黒髪に眼鏡、そして癖のない敬語と立ち振る舞い。
ごく普通の好青年──それが最初の印象だった。
だが、レイの目は彼の装備にすぐ注目していた。
「……装備、いいの使ってるな」
「え? ああ、まぁソロだとどうしてもリスク高くなるから、自然と装備に金かけちゃって」
「ふぅん」
軽く笑って流すが、レイの中には微かな違和感があった。
(初対面のわりに、やけに警戒心が薄い。普通、新人ってのはもう少し緊張してるもんだ)
しかも、彼のレベルはすでに50を超えていた。
ランキングには名を連ねていないが、それだけの装備とレベルを持つ“無名”というのも、やや異常だ。
(妙に空白が多い。記録に引っかからないタイプか……それとも、情報隠しに慣れてる?)
* * *
その日の午後、4人で軽めのダンジョン攻略へ出ることになった。
道中の戦闘では、クロトの立ち回りは文句のつけようがなかった。
敵の動きに合わせたタイミングでバフをかけ、シルフィアの支援魔法と綺麗に噛み合う。
不自然なほど“スムーズ”だった。
「クロトくん、ほんとに初参加? すごくやりやすい!」
「シルフィアさんの詠唱、癖がわかりやすいんですよ。軌道も丁寧ですし」
ゴドーも感心したようにうなる。
「お前、以前どこのギルドにいたんだ?」
「えーと……特定の所属はなかったですね。野良で色々……」
また、曖昧な答え。だが、それを咎める空気はなかった。
レイだけが、その沈黙の隙間に、かすかな違和感を拾っていた。
(あいつ……俺の後ろに立つタイミングが、毎回数秒ずれてる。普通、ソロ慣れしてるやつなら、味方の死角を意識するはずなのに)
気配を消すようにしている。
“観察している”側の動きだった。
* * *
夜。拠点に戻った後。
クロトは部屋の端でそっとログを確認していた。
画面には、ギルド戦闘中の映像リスト、そしてログ追跡ツールが並ぶ。
【対象:ユーザー名/ID:KRSM-018】
【スキル:虚無保存】
【記録範囲:効果発動時のエフェクト、保存反応、開放位置/保存対象IDログ化試行中】
クロト──正体は、運営監視部門《第七審査室》の調査員だった。
目的はただ一つ。
《虚無保存》の取得者を監視し、その挙動と副作用を記録し、異常があれば即時介入すること。
(想像以上だな……彼はスキルを“戦術”ではなく、“感覚”で使っている)
運営内部でも《虚無保存》の正体は、厳重に秘匿されていた。
本来は封印されるべき“旧AI領域”由来のプロトスキル。
解析不能の構造と、プレイヤーへの精神干渉が問題視され、一度は実装から除外されたはずのものだった。
それが、何故かレイにだけ“選ばされた”。
クロトはその答えを求めて、彼のギルドに潜入したのだ。
「──記録対象、今夜もログインする。副作用進行率:1.4%から変化なし」
彼は小さく息を吐き、椅子に背を預けた。
(だが、ここからが本番だ。副作用はある段階を超えると“外部に伝染”する)
* * *
一方その頃、レイはログインしていた。
夜のフィールドに立ち、空を見上げる。
保存リストは満杯。《リザードハウンド》《ワイルドファング》──
戦術的には安定しているが、最近、“声”がまた強くなっていた。
「……次は、何を記録する?」
耳の奥に響く、誰のものでもない囁き。
「……黙れ。俺はお前の器じゃない」
レイは答えながら、自分の“自我”が少しずつ揺らいでいるのを感じていた。
気づけば、手が勝手にスキルウィンドウを開きそうになっていることもある。
(限界は近い……けど、進まなきゃならない)
そして、彼の後ろから、音もなくクロトが現れた。
「レイさん、こんな時間に……自主練ですか?」
「……ああ。眠れないときは、だいたいここにいる」
「なるほど。いいですね、夜のフィールド。音が澄んでて」
レイは視線だけでクロトを一瞥する。
(やっぱり、こいつ……“俺のスキルを見たい”んだな)
だが、それを咎める気はなかった。
“観察される側”になること──それすら、レイにとっては“記録の一部”なのかもしれなかった。
「なあ、クロト。お前……保存される覚悟、あるか?」
唐突な問いに、クロトの表情が一瞬だけ揺れた。
「……保存?」
「何でもないよ。ただの冗談さ」
レイは薄く笑って、スキルウィンドウを閉じた。
──だがこの時、二人の“観察者”と“記録者”の関係は、ゆっくりと、確実に変化を始めていた。
保存する者と、される者。
自我とスキルの境界。
そしてその先にある、“崩壊の記録”。
すべては、記録されたが最後──二度と消せない“運命”のデータになる。