招かれたギルド戦、静かなる衝突
《黙者の穴》攻略から数日後。
フェードアウトの仮拠点にある小さな作戦部屋で、レイは保存リストを睨んでいた。
《虚無保存》
スキルレベル:2
保存可能数:2体
副作用進行度:1%
「……上限が増えた代わりに、“副作用”って項目が追加されてるな」
スキルのレベルが上がったことで、保存枠が1から2体へと拡張された。だがその一方で、保存中に対象の記憶や感情の一部が干渉してくるという“副作用”が、数値化されて表示されるようになっていた。
“保存は記録であり、接触でもある”
そう実感してからというもの、レイは使うたびに、冷たい何かが自分の中に侵食してくるような感覚を拭えずにいた。
(だが……このスキルは、明確に“強さ”を与えてくれる)
保存した対象を任意のタイミングで戦場に再現できるという唯一無二の戦法は、今やフェードアウトにとって最大の戦力だ。
そんなレイのもとに、扉がノックもなく開いた。
「レイ、来たよ! とうとう!」
シルフィアが息を切らしながら部屋に駆け込んできた。後ろにはゴドーがいつものように無言でついてくる。
「ギルド《エクリプス》から、ギルド対抗演習戦の招待状が届いた!」
「……エクリプス? あの大手?」
「うん。ランキング三位の戦術特化型ギルド。“火力じゃなく、情報と動きで勝つ”っていうスタイルが有名なあそこ」
ゴドーが腕を組んで唸る。
「どうして無名の俺たちが呼ばれるんだ? なにか裏があるか、あるいは……“興味を持たれた”か」
レイはすぐに思い当たった。
──あの異常領域での戦闘。
保存した敵の部位を“戦場に再構築”し、攻撃の流れを断ち切った。あの瞬間を、誰かがどこかで“見て”いたのかもしれない。
「名指しじゃない。ギルド単位での招待だ。けど──これは、試されてる」
「代表は3人、だろ? オレたち3人ってことか」
「うん。試合形式は1ギルド3名による模擬戦。舞台は、限定フィールド《黄昏戦域》」
レイはゆっくりと立ち上がった。
「上等だ。売られた“分析”は、戦場で返す」
「それでこそレイ!」
* * *
特設フィールド《黄昏戦域》
空は茜色に染まり、地面は砂漠と瓦礫の入り交じる広場。中央には石造りの祭壇があり、その周囲には風化した遺跡の柱が並ぶ。
フィールドに到着すると、すでに相手ギルド《エクリプス》の3人が待ち構えていた。
先頭に立つのは両手剣を背負った青年プレイヤー、ジーク。強面ながら鋭い目付きが印象的だった。
その隣には、黒いローブの魔術師・エイラ。さらに後方には、大盾を構えたトールという男が控える。
「へぇ、これが“フェードアウト代表”ってわけか」
ジークが笑みを浮かべて近づいてくる。
「急成長してるって話を聞いて、どんなもんかと思ったが……装備は初級者並み。戦術頼みってとこか?」
「さあ、どうだろうな」
レイはにやりと笑った。
(情報戦ギルドのくせに、肝心のスキル情報は掴んでないらしいな……)
“虚無保存”という名前自体はスキル一覧に表示されているものの、発動ログが外部に共有されない限り、その効果や挙動は完全なブラックボックスのままだ。
保存可能数、保存対象、開放のタイミング──すべてが未知数。
(……なら、戦いながら教えてやる)
* * *
《戦闘開始──カウント:5・4・3・2・1……START》
ゴドーが先陣を切って前に出る。大盾を構えたトールがそれを受け止める。盾同士のぶつかり合いが正面で始まった。
後方ではエイラが詠唱を開始。ジークが一瞬で距離を詰めてきた。
「攻撃型と見せかけて、即座に後衛狙いか……読めてる」
レイは剣を構えながらステップで軸をズラすと、ジークの突進を横に流し、同時に右手をかざした。
「《虚無保存・解放》──《リザードハウンド/右脚》」
黒い球体から、かつて保存していた高速モンスターの脚部が再現され、ジークの足元に現れる。
「っ、なんだこの動き……!?」
バランスを崩し、立て直しに一拍遅れる。その隙を、ゴドーが突いて背中を打ち抜く。
「くそっ……聞いてないぞ、こんなスキル!」
「聞かれてたら、こんな戦い方しないさ」
さらにレイは、もう一つの保存枠を開放する。
《保存中:ワイルドファング(右前脚)》
→ 《解放》
黒い獣の腕が空間を割り、エイラの詠唱を中断させるように魔法陣を掴む。
「うそ……呪文が中断された……!?」
ジークとエイラの表情が険しくなる。だが、彼らにはレイのスキルがどこまで使えるのか、まだわかっていない。
「……お前、いったい何を“使ってる”? そのスキル、どこにも記録が残ってなかった……」
「そう簡単にログに残すほど、間抜けじゃない」
ジークが剣を振りかぶる。
「なら、見せてもらおうか。“お前が何者か”を!」
「構わないさ。その代わり──お前にも、少し記録させてもらう」
レイの一閃が、ジークの肩を斬り裂いた。
ログ表示──
【エクリプス代表・ジークが戦闘不能になりました】
* * *
戦闘は、フェードアウトの勝利で幕を閉じた。
敗北した《エクリプス》側は衝撃を隠せず、再戦の打診と解析の申し出を送ってきたが、レイはそれを一度断った。
「悪いけど、今はまだ“答え合わせ”する時じゃない」
ジークが静かに問いかける。
「……なあ、お前たち、何者だ?」
その問いに、レイはただ一言だけ返した。
「これは、まだ“起点”だよ。次に会うときには──もっと異質な存在になってるかもな」
それは宣戦布告であり、警告であり、未来の予告でもあった。
* * *
ログアウト直前、レイはスキルウィンドウをもう一度確認する。
《虚無保存:スキル熟練度 98%》
《次のレベルまで残り 2%》
《副作用進行率:1.4%》
(次の戦いでは……“3体目”が保存できる)
その瞬間、保存スロットにひとつ空いた枠が、じわりと黒く染まり始める──
まるで、新しい“記録”を待ち構えているかのように。