第34話「巨影との死闘、芽吹く創造」
観測断層都市〈アーカイヴ・ネスト〉を揺るがす轟音。
ブランク・ウォーデン──頭部が“空白”のまま、無表情に拳を振り下ろす巨影が、都市階層を破壊しながら進軍していた。
「っ……重すぎる!」
ゴドーが盾で受け止めるが、衝撃は階層そのものを歪ませる。
「都市ごと押し潰すつもりかよ!」
「クロト、側面を! ユエ、援護射撃を!」
シルフィアが的確に指示を飛ばす。
仲間たちは即座に動き、訓練されたギルドの動きを見せた。
矢が閃き、槍が突き、魔法が光を走らせる。
だが、ブランク・ウォーデンの身体は“記録の欠片”で構成されていた。
攻撃は貫くが、その度に形を変えて修復されていく。
「効いてない……!」
ユエの声が震える。
「違う!」
レイが叫ぶ。
「効いてるんだ。ただ──記録が補填してるだけだ!」
巨影の修復を観察する彼の瞳は鋭かった。
(あれは、俺のスキル《きょむほぞん》と似ている……。欠けた記録を“補う”仕組みだ。だとすれば──)
「レイ!」
シルフィアが彼を制止するように声を飛ばす。
「副作用が進んでる! 前に出すぎるな!」
レイの視界には赤いログがまた点滅していた。
《進行度:47.1%》
《保存体の自律行動、拡大傾向》
彼の背後で、影のような保存体が勝手に蠢き始める。
その異様な気配に、ユエが思わず矢を放ちそうになったが、レイが片手で制した。
「……俺が制御する。大丈夫だ」
本当にそうなのか、自分でも分からなかった。
だが、戦場に立つ仲間の眼差しを見て、レイは剣を握り直す。
*
「来い……《拒絶体》!」
彼が放ったのは、これまでにない規模の影だった。
都市の虚空から現れたのは、黒い翼を持つ巨鳥。
保存されたわけでも召喚されたわけでもない、“創造”そのものだった。
「な、なんだあれ……」
クロトが目を見開く。
「レイ……お前、まさか」
ゴドーも信じられないといった顔で声を漏らす。
巨鳥が咆哮を上げ、ブランク・ウォーデンの拳を受け止めた。
記録で補完されるはずの巨影の腕に、ひび割れが走る。
「……効いてる!」
ユエが歓声を上げる。
「違う、これは……“記録に存在しない”攻撃だからだ」
レイの声は低い。
「保存でも、模倣でもない。俺の意思が創った存在……観測不能の“創造”だ」
巨鳥は再び咆哮を響かせ、都市の断層を共鳴させる。
ブランク・ウォーデンが苦悶するように動きを止め、その身体が崩れ始めた。
*
「……やった、のか?」
ゴドーが盾を下ろした瞬間、都市全体に轟音が響いた。
崩壊ではない。
それは“再構築”だった。
ブランク・ウォーデンの身体が、再び記録の断片を吸収しながら復活していく。
しかも先ほどよりも巨大に、強靭に。
「クソッ、やっぱり簡単には倒せねぇか!」
「違う、これは……」
レイは瞳を細めた。
「俺の創造が、敵を刺激してる。観測断層そのものが反応して……敵を“進化”させてる」
「じゃあ、このままじゃ……!」
ユエが不安げに声を上げる。
レイは剣を構え直し、仲間を振り返らずに言った。
「──それでも構わない」
「レイ……?」
「壊して創り直す。
この世界がどう変わろうと、俺は……俺の意思で進む」
その背中は、仲間にとって恐ろしくもあり、同時に確かな道標でもあった。
*
ブランク・ウォーデンと巨鳥がぶつかり合い、都市全体が軋む。
仲間たちも必死に支援し、戦闘はさらに激化していった。
だがその裏で、クロトの視界にまたログが浮かぶ。
《監察者コード:C-9──報告要求》
《対象:レイの新規創造体》
クロトは槍を握りしめ、血が出るほど歯を噛んだ。
(……俺はもう、運営に従わない。報告なんてするものか……!)
その決意と同時に、彼の胸の奥に奇妙な感覚が芽生えた。
まるでレイの創造が、仲間たちにまで影響を及ぼしているかのように。
(もしや……この力は、俺たちの“意思”にも作用している……?)
*
激闘の末、レイの巨鳥はブランク・ウォーデンの胸を貫いた。
巨影が崩れ、都市が静寂に包まれる。
だがその時、システムメッセージが全員の視界に流れた。
《創造因子:観測外に拡張》
《副作用進行度:50.0%──臨界突破》
「……っ!」
レイの身体が膝をつき、血のようなノイズが滲み出す。
ユエが駆け寄り、叫んだ。
「レイ! もうやめて! これ以上は……!」
シルフィアも苦悶の表情で見つめる。
「あなたが……創造者になってしまう……」
仲間たちの叫びが響く中、レイの瞳は静かに光を宿していた。
(臨界を超えても……俺は止まらない)




