第33話「観測断層の崩壊と、新たなる舞台」
《次段階イベント:観測断層の崩壊──全プレイヤー強制転送準備中》
システムメッセージが響き渡った瞬間、戦場全体が赤黒い閃光に包まれた。
結晶柱が軋み、空に広がっていた不気味な光がひび割れる。
大地そのものが崩れ始め、NPC兵や保存体が次々と飲み込まれていく。
「ッ、全員まとまれ!」
シルフィアの叫びに、ギルドメンバーは即座に背を合わせた。
だが、その背後でクロトの目には別のログが浮かんでいた。
《監察者コード:C-9──転送ルート優先権付与》
(……俺だけ別ルートに飛ばすつもりか)
拳を握り締める。
(もう従わない。今度こそ、仲間と一緒に──!)
だがシステムは無慈悲に実行される。
クロトは必死に抗うように仲間の肩を掴んだ。
「俺を……離すな!」
「クロト!」
ゴドーが彼の腕を掴み返し、シルフィアが魔力で補助をかける。
ユエも泣きそうな声で叫んだ。
「絶対に一緒に行くんだから!」
光が弾け──視界が真白に塗りつぶされた。
*
目を開けた時、そこはまるで別世界だった。
無数の“階層都市”が空に浮かび、その一つひとつが時計仕掛けのように回転している。
地面はなく、虚空を埋め尽くすのは光の回廊。
空間全体が“記録の断片”で編まれているように見えた。
《新規フィールド:観測断層都市〈アーカイヴ・ネスト〉》
《特殊ルール:外部観測不可能、内部記録限定》
「……外部観測不可能、だと?」
レイは眉をひそめる。
つまり、ここでの戦闘や行動は“運営ですら完全には把握できない”ということだ。
「逆に言えば……ここでの行動はすべて、自分の意思だけで記録される」
シルフィアが呟き、レイを見た。
「あなたにとっては……好都合かもしれないわね」
だがレイは苦笑した。
「いや、好都合じゃない。ここじゃ……副作用も誤魔化せない」
彼の視界には、仲間には見えない警告が浮かんでいた。
《進行度:45.3%──警戒レベル:赤》
《保存領域の一部が自律行動を開始》
(保存体が……勝手に動き出してる)
不意に、足元の虚空から“影”が伸び、レイの肩に纏わりついた。
それは彼が保存したはずのモンスターの断片で、意思を持ったかのように呻き声を上げる。
「レイ!」
ユエが駆け寄ろうとするが、レイは手を上げて制した。
「大丈夫だ……これは、俺が制御する」
そう言いながらも、内心では焦りを隠せない。
(制御できなければ……俺自身が、保存体に食われる)
*
その時、都市の中心部に巨大な影が立ち現れた。
それは鎧を纏った異形の巨人。
しかし頭部は“空白”で、顔が存在しない。
《システムログ:特異個体“ブランク・ウォーデン”出現》
《目的:観測拒絶者の排除》
「……来やがったな」
レイが剣を構える。
「どうする、リーダー!」
ゴドーが叫ぶ。
シルフィアは迷わず答えた。
「全員で当たる! ただし、レイは無理に前に出るな! あなたの副作用が限界を超えたら……この戦場ごと崩壊しかねない!」
「……分かってる」
レイは深く息を吸う。
ブランク・ウォーデンの拳が振り下ろされる。
都市の階層が震え、崩壊する。
ユエの矢が閃き、ゴドーの盾が防ぎ、クロトの槍が軌跡を描く。
そしてレイは──
自分の保存領域の奥から、新たな“拒絶体”を呼び覚ました。
「出ろ……《アーカイヴ・シェイド》!」
黒い影が虚空から飛び出し、巨人の拳を受け止める。
その瞬間、都市全体にノイズが走り、観測断層の構造が崩れ始めた。
(……やはり、俺の存在はこの世界を壊していくのか)
だが彼は迷わない。
「壊れるなら……創り直すまでだ」
仲間たちの視線が、彼に集まっていた。
信頼は揺らぎ、疑念は残る。
それでも──その背中にしか、道はなかった。




