第32話「暴かれた真実、揺れる仲間たち」
《裏切り者コード:C-9──認証》
赤いシステムログが戦場を覆った瞬間、空気が凍り付いた。
仲間たちの視線が一斉にクロトに突き刺さる。
その槍を握る手は震え、呼吸が荒い。
「……クロト?」
シルフィアの声は低く、しかし確かに怒りを孕んでいた。
「どういう意味だよ!」
ユエが矢を番え、信じられないという表情で叫ぶ。
ゴドーも睨みつける。
「お前……俺たちを売ってたのか?」
仲間の疑念が一気に爆発する。
戦場の轟音の中でも、その問いは鮮烈に響いた。
クロトは歯を食いしばり、絞り出すように言った。
「……確かに、俺は……運営に報告を送っていた。だが、それは……!」
「言い訳か?」
シルフィアの声が鋭く突き刺さる。
「違う! 最初は命令だったんだ! 強制的に監察者にされた……断れば、このアカウントごと削除されると脅されて!」
「じゃあ今も続けてたってことだろ!」
ユエの声は震えていた。怒りだけでなく、悲しみが滲んでいた。
「信じてたのに……あんたも、あたしを騙してたんだ!」
クロトの顔が苦痛に歪む。
(そうだ……俺は裏切り者だ。だが、それでも──)
「俺は……もう運営に従う気はない! この戦場に立ってるのは……お前らと一緒に生き残るためだ!」
シルフィアは一瞬だけ目を細める。
その瞳は仲間としての想いと、リーダーとしての冷徹さの間で揺れていた。
「……本当に、そう思っているのなら──ここで証明してみせなさい」
「……ああ!」
クロトは全力で頷き、槍を構える。
*
だが、敵は待ってはくれなかった。
エコーが赤い瞳を輝かせ、無数の保存体を再現し始める。
戦場の空気がさらに重く圧し掛かり、レイの身体は副作用で軋んでいた。
「はぁ……っ、ぐ……!」
彼の頭の奥で、再び声が響く。
《保存領域:臨界。42.9%──超過警告》
《創造因子:制御不能リスク》
「……まだ……持つ……」
必死に呼吸を整えながら、剣を握りしめる。
だが、保存体の呼び出しはわずかに遅れ、その隙を突かれて肩口を斬られた。
「レイ!」
ユエが駆け寄ろうとするが、シルフィアが手で制した。
「動くな! 今は全員で連携するしかない!」
「でも──!」
「信じろ。あの男はまだ倒れない!」
レイは笑った。
「……ああ、その通りだ」
彼の周囲に黒い亀裂が走り、保存体ではない“未知の存在”が浮かび上がる。
副作用が進行するたびに、《きょむほぞん》は新たな姿を見せていた。
「これは……俺の意思が創った“拒絶体”。運営の観測にも、模倣にも届かない」
その言葉にエコーがわずかに反応し、挙動が一瞬だけ乱れる。
「……観測不能、記録拒絶──矛盾、発生」
その隙を突き、クロトが叫ぶ。
「今だッ!」
槍が光を帯び、保存体を薙ぎ払う。
その一撃は確かに、彼の仲間を守るためのものだった。
*
戦闘はなお続く。
信頼は揺らぎ、疑念は残ったまま。
それでも、クロトは必死に仲間の隣で戦い続ける。
その姿を見ながら、シルフィアは小さく呟いた。
「裏切り者であっても……彼はまだ、仲間である可能性が残っている」
だが同時に、胸の奥で不安が燻っていた。
(この先……誰かがまた裏切るかもしれない。けれど、私たちは前に進むしかない)
そして戦場の奥から、新たなログが浮かび上がる。
《次段階イベント:観測断層の崩壊──全プレイヤー強制転送準備中》
「……来るぞ」
レイの声に、全員が息を呑んだ。
封鎖戦域そのものが崩壊し、次なる局面へと強制的に移行しようとしていた。
次回予告
第33話「観測断層の崩壊と、新たなる舞台」
崩れ落ちる封鎖戦域。強制転送の先で待つのは、全く新しい“記録外の戦場”だった。




