第31話「選択の亀裂、揺らぐ信頼」
轟音と閃光が交錯する。
《封鎖戦域》は、まるで舞台のように用意された死闘の場だった。
レイとエコーが激しくぶつかり合い、その周囲をギルド《フェードアウト》の仲間たちが必死に支える。
「くそっ、敵の数が減らねぇ!」
ゴドーが槍を振るい、NPC兵を吹き飛ばす。
だが次の瞬間、模倣体の召喚した保存獣が背後に迫り、ユエの矢がかろうじてそれを貫いた。
「数だけじゃない……全部レイの保存体と同じ……」
ユエの声は震えていた。
彼女にとってレイは憧れの存在だった。だが、その“コピー”が目の前で同じ動きを見せる。
それは単なる戦いではなく、信じてきたものが試されるような恐怖だった。
「……大丈夫だ」
レイは息を切らしながらも、ユエを振り返らずに答えた。
「奴は模倣だ。意思がない。俺たちには──俺たちの選択がある」
その言葉に、ユエの瞳がわずかに揺れた。
*
一方、その後ろでクロトは動きを止めていた。
額を汗が伝い、拳を握りしめる。
(俺は……ずっと報告してきた。運営に、レイのことを……)
(この戦場も、俺の情報が引き金になった……!)
彼の胸の奥で、罪悪感が膨れ上がる。
だが、同時に耳の奥で“声”が響いた。
《監察者コード:C-9。最終報告を要求する》
(……違う。もう俺は──)
「クロト! 何してる! 前に出ろ!」
シルフィアの怒声が飛ぶ。
彼女は魔法を放ちながらも、仲間の異変を敏感に察していた。
クロトはハッと顔を上げ、強引に駆け出した。
目の前に迫る敵の刃を弾き返しながら、仲間たちに聞こえないほどの小声で呟く。
(俺はもう……運営の犬じゃない。レイを……仲間を守る)
その言葉は、誰にも届かない。
だが確かに、自らの中の“裏切り”を断ち切る決意だった。
*
戦闘は次第に膠着状態に陥った。
エコーの模倣は止まらず、レイの創造も副作用で制御が乱れ始めていた。
「レイ、顔色が……!」
ユエが叫ぶ。
「大丈夫だ!」
強がる声。しかしその手は震え、保存体の召喚が一瞬遅れる。
敵に突き込まれた刃が彼の頬をかすめ、赤い閃光が走った。
「レイ!」
シルフィアが駆け寄ろうとするが、NPC兵が道を塞ぐ。
ゴドーが吠えながら突進し、仲間の前に道を切り開いた。
そのとき──
「っ……来るな!」
レイが叫び、周囲に黒い亀裂を展開した。
《保存拒絶領域:展開中》
敵も味方も、すべての観測ログが遮断される。
その瞬間、戦場全体が“静止画”のように沈黙した。
「……何だ、この感じ」
ユエが目を見開く。
シルフィアも息を呑んだ。
「まるで……私たち自身の動きさえ、誰かに“記録されなくなった”みたい……」
レイは血を流しながら笑う。
「これが……俺の意思で選んだ《拒絶》。
運営にも、模倣にも……二度と俺を“記録”させない」
だが、その笑みの裏で、副作用がさらに進行していた。
視界の端に“存在しないはずの影”が揺れ、脳内に異質な声が響く。
《保存領域:解放を要求》
《進行度:42.9%──臨界接近》
(……まだ、俺は……!)
必死に意識を繋ぎ止めるレイ。
その姿を見つめ、クロトの胸に鋭い痛みが走った。
(……俺が、この状況を作った。
だが、今度こそ……俺が選ぶ)
彼は槍を振り払い、レイの背中に並んだ。
「シルフィア! 俺に任せろ! レイの負担は俺が軽くする!」
「クロト……!」
その行動は、仲間に勇気を与えた。
だが同時に、彼の心には未だ消せぬ“秘密”が潜んでいた。
ギルドの信頼は揺らぎ始めている。
それでも戦場は進む。
そして次の瞬間、エコーの瞳が再び赤く輝き、戦域全体に新たなシステムメッセージが走った。
《裏切り者コード:C-9──認証》
クロトの視界に、強制ログが流れ込む。
「……っ!?」
仲間の前で暴かれる“裏切りの証拠”。
戦場の空気が、一瞬で凍りついた。
次回予告
第32話「暴かれた真実、揺れる仲間たち」
クロトの秘密が明るみに出る。信頼を失う中、彼は仲間の前で何を語るのか。そしてレイの副作用は、臨界へ……。




