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始まりの戦術、始まる異変

ログイン直後の街は、朝の光に包まれ、活気にあふれていた。


石畳の道にプレイヤーたちが行き交い、広場にはNPC商人の掛け声が響く。バトル帰りのパーティや、これからダンジョンへ向かう冒険者でごった返していた。


その人混みの中を、レイはひとり歩いていた。


肩の装備は未だにレザー、武器は初期のショートソードのまま。見た目は完全に駆け出し冒険者そのものだ。


だが、彼の胸には強烈な確信があった。


──このスキル《虚無保存アビスストック》さえ、うまく使いこなせば。


「今日はスキル経験値稼ぎだな。保存→開放→保存を繰り返してレベル上げ……地道にいくしかない」


その時だった。


「ねぇ、そこの人──ちょっと待って!」


不意に、背後から声がかかった。


振り返ると、奇抜な帽子をかぶった少女がこちらへ駆け寄ってきた。肩にはオウムのようなペットが乗っている。彼女のIDは「シルフィア」。


その後ろから、体格の良い男──斧を担いだ大男が、のそのそとついてきていた。


(また何か変な勧誘か?)


この世界では、初心者狩りや悪質ギルドの勧誘も珍しくなかった。


だが、彼女の笑顔はどこか無邪気で、それでいて“観察するような目”をしていた。


「君……昨日、森でリザードハウンド消したでしょ? 黒い球体で」


「……見てたのか?」


「うん! あれって、もしかして……《アビスストック》?」


レイは内心で驚いた。


このスキルの正式名称は、スキル一覧にしか表示されないはず。一般プレイヤーには「虚無保存」としか見えない。


(それをフルネームで呼んでくるってことは……)


「君、運営の特別配布系スキルか、あるいは“バグスキル持ち”だよね?」


まっすぐに見据えるシルフィアの視線に、レイは小さくため息をついた。


「……バグ、かどうかは分からない。ただ、選ばされた。しかも選択肢は一つだけだった」


「なるほど! やっぱり……君みたいなの、ずっと探してたんだよ!」


シルフィアはにぱっと笑った。


「私たちのギルド、《フェードアウト》に入らない?」


「……フェードアウト?」


「そう。最底辺ギルド。メンバーも少ないし、拠点も持ってない。でも、だからこそ君みたいな人に来てほしいの」


その後ろの大男が、無言でこくこく頷いている。


「それに、君のスキル……すごく相性が良いと思うの。“見えないもの”を武器にするって、うちの戦術とすごく合う」


「戦術?」


「うん。うちは火力ゴリ押しじゃなくて、“変則戦法”がメインなの。情報と行動予測で敵を倒す、っていう。そっちの方が、私は面白いと思ってる」


……それは、レイの思考とよく似ていた。


誰よりも考え、組み合わせ、戦況を制す。


地味で報われにくい戦い方。けれど、それを美徳とするギルドが、ここにはあるらしい。


「正直……気になる。ただ、一つ聞かせてくれ」


「なに?」


「なんで、そんなギルドに君みたいな優秀そうな奴がいるんだ?」


その問いに、シルフィアは少しだけ視線を落とした。


「……前は、ランキングギルドにいたんだよ。だけど、効率と数値だけが正義みたいな雰囲気に疲れちゃって」


彼女はふと笑う。


「もっと自由で、もっと面白くて、もっと創造的な戦いがしたかった。それだけかな」


「……ふーん」


レイは空を見上げた。


快晴。どこまでも青い世界。現実では味わえない“自由”が、ここにはあった。


「OK、参加してみるよ。一度くらいなら、試してみるのも悪くない」


「やった! ようこそ、フェードアウトへ!」


シルフィアが嬉しそうに手を差し出し、レイはそれを握った。


その瞬間、目の前に“ギルド加入完了”の通知が表示される。


──レイの冒険は、新たなフェーズに入った。


* * *


その夜。


ギルドの仮拠点である廃屋にて、簡単な歓迎会が開かれた。


大男の名前はゴドー。盾役で、どんな攻撃も前で受け止めるタンクだった。


シルフィアは後方支援型。ステータス補助とデバフを専門とし、戦術を組み立てる司令塔でもある。


「レイのスキル、保存ってことは……“敵を消せる”んだよね?」


ゴドーが興味深そうに聞いてきた。


「厳密には、保存できるのは一体だけ。そして、保存中は次の保存ができない」


「開放は任意タイミングなんだよね?」


「そうだ。ただし、一度開放したら、その日中はもう保存できない。1日1回の制限がある」


「じゃあ、誰をいつ保存するかがカギになるな……こりゃあ脳筋には使えねえな」


「でも、それが逆に良いんじゃない?」


シルフィアがにこりと笑った。


「頭を使って勝つスキル。それって、私たちの戦い方にぴったりだよ」


レイは少し頬を緩めた。


──ようやく見つけた、共鳴する場所。


戦力も名声もまだまだだが、ここには“考えることをやめない連中”が集まっていた。


(悪くない。いや、むしろ……かなり良い)


ふと、レイは思った。


《虚無保存》の保存上限がスキルレベルに依存するのなら、戦闘だけでなく、“活用回数”も増やしていく必要がある。


つまり──


「明日からは、ちゃんと“勝つための使い方”を考えて、実戦で使っていくか」


「うん、楽しみにしてる。次の依頼、ちょうど良いのがあるんだよね」


シルフィアがスクリーンを操作すると、クエストボードが表示される。


【消えた探検者の痕跡を追え】

難易度:中級/推奨人数:3~5/報酬:5000G+追加アイテム


「噂の“ギミックだらけの洞窟ダンジョン”。情報戦が鍵になるって言われてる」


レイの瞳が光った。


(なるほど……このスキルの“真価”を試すには、うってつけだ)


「行こう。準備、整えておく」


「うん! 明日は、みんなで初攻略だね」


──ギルド“フェードアウト”の一員となったレイ。


彼の前に、戦術と可能性に満ちた新たな舞台が開かれていく。


だが、誰もまだ気づいていなかった。


この“無名の新人”が、いずれゲーム世界全体を揺るがす存在になることを──

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