第29話「記録再起動、そして同期干渉」
《観測プロトコル起動》
《同期対象:Echo-002 接触準備完了》
レイの視界が揺れた。
ログアウトが阻止された直後、彼の周囲の景色が突然切り替わった。
《虚枝の回廊》の風景は消え、代わりに“何もない白の空間”が広がっていた。
床も、壁も、天井すらない。あるのは、無限に広がる白い虚無と、耳の奥に響くノイズだけ。
「……また、ここか」
レイは小さく呟く。初めて《きょむほぞん》を取得した時に一瞬だけ見た“白の虚空”と酷似していた。
だが、今回は違う。
そこには、確かに“人影”があった。
「……エコー」
黒衣のフードを纏った青年が、ゆっくりと振り返る。
瞳は赤く、レイと同じ輪郭を持ちながら、感情を欠いた無機質な存在。
それが、同期対象《Echo-002》だった。
「対象A、レイ。観測プロトコルに基づき、接触を開始する」
「……接触、ね。監視って言ったほうが正しいんじゃないか?」
「監視ではない。同調だ。あなたの“記録”と私の“記録”を同期し、統合することで……“創造領域”を制御する」
「制御? ふざけんな」
レイが剣を構えると同時に、空間が軋む。
《きょむほぞん》の力が反応し、保存体の影が浮かび上がる。
しかし、エコーは動じない。
右手を掲げると、同じ保存体が“鏡写し”のように召喚される。
「……っ」
レイの背筋に冷たいものが走る。
自分が保存した対象を、まるでコピーしたように“再現”してみせたのだ。
「私の役割は、あなたの“模倣”に留まらない。
あなたが次に取る行動を、数秒先まで“予測”し、上書きする」
次の瞬間。
レイが踏み込んだ瞬間に合わせ、エコーが全く同じ挙動で剣を振り抜いてきた。
剣と剣が衝突するはずの軌道。だが、エコーの剣は“予測の先”を突き、レイの動きを封じた。
「ぐっ……!」
衝撃が腕を痺れさせる。
(……俺の行動ログを読み取って、先に“再現”してるのか!)
「あなたは創造者になりかけている。だが、そのためには“模倣されてもなお、超えられる存在”でなければならない」
「……上等だ。なら、俺は“記録に残らない動き”をする」
レイは深呼吸し、スキル《空白穿孔》を発動する。
虚空に裂け目が走り、記録されていない“幻影”が生まれる。
自分の挙動をわざと乱し、予測を狂わせる一手。
「予測不能……想定外領域──」
エコーが一瞬処理落ちしたかのように動きを止める。
その隙にレイの剣が肉薄する。
だが、エコーの瞳に赤い光が走った。
「観測拒絶領域を突破。記録外データを強制捕捉──」
レイの幻影すらも取り込み、模倣し始める。
(……こいつ、本当に“俺のもう一つの姿”なのか!?)
レイは押し込まれながらも必死に食い下がる。
そのとき、耳の奥に“声”が響いた。
《拒絶を選べ。記録は従属ではない。観測されぬことで、初めて自由になる》
「……誰だ!?」
視界の隅に、一瞬だけ別の人影が映る。
それは運営の追跡者。
彼女はエコーの背後に立ち、冷徹な視線で状況を見つめていた。
「……対象レイ。次の行動で、あなたの存在は決まる」
白い虚無に、剣戟とログノイズが響く。
“創造者”としての第一歩か、“模倣される存在”に堕ちるか。
レイは迷わなかった。
唇から、低く呟く。
「俺は、保存する。俺の意思で」
その瞬間、スキルウィンドウに新たな文字列が走る。
《保存拒絶機能、解放》
《外部観測ログを無効化しますか? YES/NO》
「──YES!」
虚無が爆ぜ、世界が塗り替わる。
記録そのものが、レイの意志によって“閉ざされる”。
白の虚空が震え、エコーの動きが止まった。
模倣のための“観測”が遮断されたのだ。
レイは、全力でその隙を突いた。
*
白の虚空が崩れ去り、レイの視界は現実のフィールドへと戻る。
荒い息を吐きながら、剣を握る手が震えていた。
「……これが、“記録拒絶”か」
頭痛は激しい。副作用はさらに進んでいる。
だが、その瞳は確かに燃えていた。
(まだ終わらない。俺は、俺自身の記録を……俺の意志で残す)
遠くで、リィの冷たい声が響いた。
「対象A──観測不能状態に移行。次段階の追跡プロトコルを開始する」
彼女の表情は揺らぎながらも、決意の色を帯びていた。
──追跡と拒絶。
両者の視線が交錯し、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。
次回予告
第30話「封鎖戦域と裏切りの影」
記録拒絶によって“観測外”となったレイに対し、運営は新たな戦域を準備する。だが、その戦場には意外な人物の“裏切り”が潜んでいた……。




