第27話「創造の代償、解放の兆し」
「レイ……お前、何があったんだ?」
ギルド拠点。
異変はログイン直後から明らかだった。
空間の奥に広がっていたはずの石造りの訓練場が、いつの間にか“白磁の空間”へと変貌していた。
見渡す限りの幾何学模様、空間に浮かぶ記号のような文字列、そして時折“保存体”たちが姿を現しては霧のように消えていく。
シルフィアが鋭い声で問いかける。
「これはあなたの仕業ね。こんな改変、普通のプレイヤーには不可能なはず」
「……ああ。たぶん、俺の《きょむほぞん》が新しい段階に入ったんだ」
レイは視線を伏せながら答える。
彼の声は落ち着いているが、明らかに以前とは何かが違っていた。
ゴドーが眉をしかめる。
「いや、違う。お前……身体の気配が、変だ」
「副作用かもしれない」
あっさりと認めるレイ。
だが、その言葉にユエが思わず声を荒げた。
「なにそれ!? ふざけないでよ! あたし、あんたに憧れて入ったのに……!」
「ユエ」
静かに制止したのはシルフィアだった。
彼女はレイに向き直り、ひとつ深呼吸する。
「率直に聞くわ。あなたのスキル、《虚無保存》は今、どこまで“進んで”いるの?」
「……35%。いや、今朝確認した時は37%だった」
一瞬、空気が張りつめる。
「まだ大丈夫だ。幻聴や幻覚はない。思考にも混乱はない。自我は保ってる」
「でも、いずれ“境界”を越えるわ」
シルフィアの言葉に、誰も反論しなかった。
•
その日の午後。
ギルドメンバーでの小規模な探索が行われた。
新たな中規模ダンジョン《緋の工廠》が開放されたのだ。
しかし、探索中にも異変は起きた。
「敵、来るよッ!」
ユエの矢が空を裂き、レイが剣を振る。
だが、敵のスキルが彼に接触した瞬間──
「ッ……!」
時間が、歪んだ。
ほんの数秒、レイの目の前の世界がモノクロになったかと思えば、目の前に“記録映像”のようなフレームが走った。
(保存領域に……直接アクセスされた!?)
まるで、自分の中にある記憶が再生されたような奇妙な感覚。
(これは、“保存体”の反射反応……)
「レイ! 今の、なに!?」
クロトが駆け寄る。
いつも冷静な彼の声が震えている。
「……大丈夫だ。敵のスキルが、一瞬だけ俺の保存領域に接触しただけだ。反応で跳ね返した」
「本当に……それだけか?」
問いは、優しさと不安の入り混じったものだった。
レイは答えなかった。答えられなかった。
•
その夜。レイはひとり、ギルドルームの奥にある“封鎖エリア”に立っていた。
《観測不能区画 -隔絶保管庫-》
そこには、彼が“保存し、二度と呼び出さなかったものたち”が封印されていた。
静かに、ひとつの保存体が浮かび上がる。
それは、もはやモンスターではなかった。
保存時にはただの“スライム”だったはずの存在が、今や脈動する“原初の核”のように進化していた。
「……君も、外に出たがってるのか」
レイは呟きながら手をかざす。
その瞬間、全身に鋭い痛みが走った。
「──ッ!」
保存領域の“抵抗”。
スキルの副作用が、肉体と精神に拡張しつつある証。
だが、その中で彼はふと感じた。
“誰かの視線”を。
背後を振り返る。だが、誰もいない。
代わりに、“観測ログ”の末尾に、意味不明なコードが刻まれていた。
《同期対象:Ω-Echo-002 起動待機中》
(また……か)
記録されないはずの領域に、何者かが干渉している──
運営か、それとも別の“観測者”か。
だが、レイの目は揺らがない。
「……もう、止まらない。止める気もない」
静かに目を閉じ、保存体の名を呼ぶ。
「──《No:002-Void Fang(虚牙)》、起動」
それは、新たな“創造”への一歩だった。
ご覧いただきありがとうございました。
この第27話では、レイの中で《虚無保存》が保存から“創造”へと進化し、代償として身体と精神にも影響が出始めている様子を描きました。
また、これまで曖昧だった“観測不能領域”が明確化しつつあり、彼のスキルが既にシステムの外にまで影響を及ぼしていることも示しています。




