第26話「創造領域と、観測の終端」
レイは、あの戦いの余韻がまだ神経に染みついていることを感じていた。
エコー──模倣者。自らのスキル《きょむほぞん》を「観測し、再現する」存在。
戦闘中の挙動は、自分自身と戦っているかのようだった。だが、違いは確かにあった。
(あいつには“意志”がなかった。観測と記録を、命令でこなしてるだけの存在だ)
レイの目は今や、その先の“先”を見ていた。
保存されたモンスターたちの挙動が徐々に変わり始め、まるで“彼ら自身が学習し始めたかのような”兆候があったのだ。
その異変に、リィも反応していた。
「警告:対象Aが構築中の“保存領域”に、予測不可能な“創造因子”が混入しています」
「創造因子?」
「保存されたスキルや存在が、既存の挙動定義を超えて“自律的再構築”を開始しています。
これは……対象Aの思考領域と同期し始めた副作用と思われます」
つまり、レイの脳と《きょむほぞん》は、既に連動しているということか。
「このままだとどうなる?」
「対象Aの意思に応じて、保存領域内の存在が“勝手に進化”する可能性があります。
反面、意思が乱れれば、それは“暴走”に等しい現象を生むでしょう」
(……意思の揺らぎが、創造を歪める。俺は、その境界線にいるってわけか)
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ギルド拠点に戻ると、シルフィアが待っていた。
彼女の表情は、これまでにないほど硬い。
「レイ。……運営が“次元干渉領域”を開いたわ。君が戦った“エコー”の改良体が、そこに投入されたって」
「次元干渉……?」
「本来なら“存在しないはずの戦場”よ。通常プレイヤーのアクセスは制限されていて、アクセスキーがなければ入れない」
その時、リィの通知がレイの視界を横切った。
《あなたに、特別アクセス権が付与されました:創造領域 -原初観測端-》
(……招かれてる、ってわけか)
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その夜、レイはひとりでログインした。
アクセスゲートを通り抜けた先──そこには、どこか懐かしい景色が広がっていた。
(これは……俺が最初にログインした、あの……バグの起きた場所?)
だが、見覚えのある草原は、既に“造り替えられていた”。
大地は浮遊しており、空間の片隅には巨大な“眼”のような観測機構が浮かぶ。
地面のひび割れからは、コードのような黒い根が伸び、レイの足元に絡みつく。
「ようこそ、創造領域へ」
その声は、どこからともなく響いた。
「……エコー、か?」
「正確には、私ではない。私は、あなた自身の“記録が生んだ存在”──“記録者レイ・Ω”」
目の前に現れたのは、まさにレイ自身の姿だった。
だが、瞳は無色。感情の一切が削ぎ落とされた、完全な記録体だった。
「貴方は、“保存”の限界を越えようとしている。
記録とはすなわち、“現実を凍結する行為”。だが、貴方の保存は、“未来を定義し始めている”」
「……何が言いたい?」
「このまま進めば、貴方は“創造者”になる。
この世界の因果を、自らの意思で塗り替える存在に」
レイはゆっくりと拳を握った。
気づけば、足元に保存していたはずのモンスターが現れ、それぞれ勝手に進化した姿になっていた。
(俺が選ばずとも……意思が、保存を“創造”に変えてる……?)
「だが、創造は観測の敵だ。運営はすでに、貴方を“観測不能領域”と認識した。
今後、貴方にアクセスされるログは、一切記録されない」
「記録……されない?」
「そう。つまり貴方は、今後の全ての責任を“ログのない世界”で負うことになる。
“観測者”ではなく、“干渉者”として。責任ある創造者として──」
レイは小さく、笑った。
「それでいい。俺は、このスキルを得てからずっと、“見られてる側”だった。
でももう、“俺の世界”を創る番だ」
その瞬間、創造領域に閃光が走る。
レイの背後に、“真なる虚無”から生まれた新たな存在──“原初の保存体”が現れる。
コードと存在が融合した、白と黒の獣。
「……これが、俺のスキルが選んだ“答え”か」
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その翌日。ログインしてきたシルフィアたちは異変に気づく。
「空間構造が変わってる……!? これは何、ギルド領域が変質してる……?」
「いや、これは……“新しいレイヤー”だ」
クロトが小さくつぶやいた。
レイは静かに立っていた。
その後ろには、かつて保存していたはずのモンスターたち──だが、その姿はどれも独自進化を遂げ、もはや原型を留めていない。
「俺はもう、“保存者”じゃない」
彼はそう宣言する。
「ここから先は、“創る側”として戦う」
それは、もう誰の模倣でもない、彼自身の物語のはじまりだった。
──観測の終端、その先にある“自由”へと、踏み出すために。
次回:第27話「創造の代償、解放の兆し」




