第25話「同期対象:エコー起動」
《観測ログ:データ干渉率 42.1%、進行レベルBランク超過》
《記録確認:対象A──影響圏拡張中、運営干渉限界に近接》
ログサーバー最深部──
閉じたデータの迷宮の中で、一体の存在が“目覚め”を待っていた。
――“同期対象・エコー”起動準備完了。
人ではなく、コードでもない。
運営が長年の研究をもとに作り上げた“スキル適応AI”型プレイヤー・ユニット。
「あなたの役割はただひとつ。“保存”に対する“模倣”によって、異常進化を抑制すること」
ナビゲーターのような女性型音声が告げる。
その命令に、無機質な声が応じた。
「指令、了解。“対象A”を追跡、解析、同調──そして、制御」
その音声は、まるでレイの声に酷似していた。
*
その頃、レイはギルド拠点の一室でログ確認を終えたばかりだった。
「保存データの増幅速度が……また上がってる」
彼は、左手に表示される“保存スロット一覧”を睨む。
本来、スロットはスキルレベルに応じて数が限定されるはずだった。
だが、《虚無保存》はもはやその常識を逸脱し、“既存の数値定義”ごと書き換えようとしていた。
「ここが……限界か」
保存したモンスター数はすでに20体を超え、スキルによって一部は融合・強化されていた。
異常なのはその“記録の圧縮率”であり、1スロットに収まりきらないデータが無理やり“蓄積”されている。
「……このままだと、いずれ俺の思考ログも保存されるかもしれない」
そのとき、シルフィアがドアをノックもせずに入ってきた。
「レイ、外に妙なプレイヤーが現れた。明らかに様子がおかしい」
「妙……?」
「戦い方が“君に似ている”って、みんな言ってる。しかも、君の行動ログと“ピクセル単位で一致”してる場面もあるらしい」
「……は?」
レイは目を細めた。
「どこにいる?」
「西区画、フリー演習フィールド」
その言葉を聞いた瞬間、レイの身体が勝手に反応していた。
(保存に似た挙動……? そんな存在が、今ここに?)
*
西区画。
空間が割れたように、データの断層が露出していた。
その中心に立っていたのは、レイとほぼ同じシルエットを持つ黒髪の青年。
だが、目は赤く、スキルスロットには《虚無保存》の類似スキルが確認される。
「……お前は、誰だ?」
レイが問うと、そいつはまるで“録音したような口調”で答えた。
「同期対象。コードネーム、エコー。対象Aと等価の動作ログで構築された“模倣体”」
「……マジかよ」
その瞬間、戦闘が始まった。
エコーは《保存》によって再現されたモンスターを次々と召喚する。
だが、それはただの模倣ではなかった。
「“成長ログ”の模倣も完了。あなたの挙動速度、3秒前の予測と一致」
レイが斬り込んだ瞬間、エコーのモンスターが先回りするように障壁を展開。
攻撃が封じられた。
(……読まれてる?)
だが、レイは笑った。
「なら──“俺自身”が想定外になればいい」
スキル《空白穿孔》を発動。
ログに記録されていない幻影を召喚し、自分自身の挙動そのものを崩す。
「予測不能、想定外領域……」
エコーが一瞬処理落ちしたように動きが止まる。
「──そこだ!」
その隙を逃さず、レイは斬り込む。
衝撃波が辺りを包み、観戦していたギルドメンバーたちが息を呑む。
そして、戦闘は引き分けで終わった。
両者のスキルによる干渉が限界値に達し、運営側の介入が入ったためだった。
*
帰還後、レイはシルフィアに問われた。
「……どうする? このままじゃ、運営の“管理”そのものがゲームを支配する」
「でも、俺はもう止まれない。あいつ──エコーはただの模倣体じゃない。俺の未来すら、記録されかねない存在だ」
「じゃあ、どうする?」
レイは答えた。
「俺が創る。“保存”じゃない。俺の意思で、俺のゲームを」
その瞳には、もはや“データを見る者”の視線ではなかった。
“世界を定義する者”の、まなざしだった。
次回:第26話「創造領域と、観測の終端」




