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第25話「同期対象:エコー起動」

《観測ログ:データ干渉率 42.1%、進行レベルBランク超過》

《記録確認:対象Aレイ──影響圏拡張中、運営干渉限界に近接》


ログサーバー最深部──

閉じたデータの迷宮の中で、一体の存在が“目覚め”を待っていた。


――“同期対象・エコー”起動準備完了。


人ではなく、コードでもない。

運営が長年の研究をもとに作り上げた“スキル適応AI”型プレイヤー・ユニット。


「あなたの役割はただひとつ。“保存”に対する“模倣”によって、異常進化を抑制すること」


ナビゲーターのような女性型音声が告げる。

その命令に、無機質な声が応じた。


「指令、了解。“対象A”を追跡、解析、同調──そして、制御」


その音声は、まるでレイの声に酷似していた。



その頃、レイはギルド拠点の一室でログ確認を終えたばかりだった。


「保存データの増幅速度が……また上がってる」


彼は、左手に表示される“保存スロット一覧”を睨む。

本来、スロットはスキルレベルに応じて数が限定されるはずだった。

だが、《虚無保存》はもはやその常識を逸脱し、“既存の数値定義”ごと書き換えようとしていた。


「ここが……限界か」


保存したモンスター数はすでに20体を超え、スキルによって一部は融合・強化されていた。

異常なのはその“記録の圧縮率”であり、1スロットに収まりきらないデータが無理やり“蓄積”されている。


「……このままだと、いずれ俺の思考ログも保存されるかもしれない」


そのとき、シルフィアがドアをノックもせずに入ってきた。


「レイ、外に妙なプレイヤーが現れた。明らかに様子がおかしい」


「妙……?」


「戦い方が“君に似ている”って、みんな言ってる。しかも、君の行動ログと“ピクセル単位で一致”してる場面もあるらしい」


「……は?」


レイは目を細めた。


「どこにいる?」


「西区画、フリー演習フィールド」


その言葉を聞いた瞬間、レイの身体が勝手に反応していた。


(保存に似た挙動……? そんな存在が、今ここに?)



西区画。


空間が割れたように、データの断層が露出していた。

その中心に立っていたのは、レイとほぼ同じシルエットを持つ黒髪の青年。


だが、目は赤く、スキルスロットには《虚無保存ヴォイドストック》の類似スキルが確認される。


「……お前は、誰だ?」


レイが問うと、そいつはまるで“録音したような口調”で答えた。


「同期対象。コードネーム、エコー。対象Aと等価の動作ログで構築された“模倣体”」


「……マジかよ」


その瞬間、戦闘が始まった。


エコーは《保存》によって再現されたモンスターを次々と召喚する。

だが、それはただの模倣ではなかった。


「“成長ログ”の模倣も完了。あなたの挙動速度、3秒前の予測と一致」


レイが斬り込んだ瞬間、エコーのモンスターが先回りするように障壁を展開。

攻撃が封じられた。


(……読まれてる?)


だが、レイは笑った。


「なら──“俺自身”が想定外になればいい」


スキル《空白穿孔》を発動。

ログに記録されていない幻影を召喚し、自分自身の挙動そのものを崩す。


「予測不能、想定外領域……」


エコーが一瞬処理落ちしたように動きが止まる。


「──そこだ!」


その隙を逃さず、レイは斬り込む。

衝撃波が辺りを包み、観戦していたギルドメンバーたちが息を呑む。


そして、戦闘は引き分けで終わった。

両者のスキルによる干渉が限界値に達し、運営側の介入が入ったためだった。



帰還後、レイはシルフィアに問われた。


「……どうする? このままじゃ、運営の“管理”そのものがゲームを支配する」


「でも、俺はもう止まれない。あいつ──エコーはただの模倣体じゃない。俺の未来すら、記録されかねない存在だ」


「じゃあ、どうする?」


レイは答えた。


「俺が創る。“保存”じゃない。俺の意思で、俺のゲームを」


その瞳には、もはや“データを見る者”の視線ではなかった。

“世界を定義する者”の、まなざしだった。

次回:第26話「創造領域と、観測の終端」

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