第23話「再生と改変のはざまで」
《統合フェーズ2:進行中》
《保存拡張モード:構築型展開へ》
ログインと同時に、視界に流れ込んだシステムログ。
普段なら鬱陶しく感じるログ表示が、今のレイには異常に静かに思えた。
まるで自分の脳が“デバッガーの端末”になってしまったような感覚。
「ようやく来たな、フェーズ2……」
レイはログイン直後、誰にも告げずに都市郊外の未踏地帯へと向かっていた。
《虚無保存》が統合フェーズに突入して以来、自身の意識が徐々に“現実の自分”と乖離しつつあることを自覚していた。
何より恐ろしかったのは、“思い出せない記憶”が増えていることだった。
昨日の昼、何を食べたか。誰と話したか。
ふとした瞬間に、それらが抜け落ちている。
それと引き換えに――自分が保存したことすらない、戦闘ログや過去のスキル記録が、まるで“元々持っていた情報”のように頭に流れ込んでくる。
(これが“創造の兆し”ってやつか……)
スキルの保存先が、いつの間にか“個体”や“構造”ではなく、“現象そのもの”に変わりつつある。
レイはそのまま、ログにすら記録されていないエリア――《虚空の裂け目》と呼ばれる草原の亀裂地帯へと足を踏み入れる。
この場所は、通常のマップ座標上には存在せず、特定の行動フラグを踏まないと発見できない特殊フィールドだった。
(ここなら……)
彼は静かに剣を抜き、目を閉じた。
「出てこい。お前の記録、俺が“創る”」
そう呟いた瞬間、彼の背後から“誰か”が姿を現す。
黒衣のフードを被ったプレイヤー――いや、その存在はプレイヤー名すら表示されていなかった。
「記録創造体001。応答を確認。統合対象との接触、完了」
「……やはり、運営のお出ましか」
レイは一歩も引かず、黒衣の存在を見据えた。
運営側の直接介入。観測者ではなく、“構造制御者”のカテゴリーに属する存在。
彼らは、記録の再編成やログの改竄権限を持つ、いわばこの世界の“編集者”だ。
「虚無保存。あなたは“境界”に達した。統合の意思があるならば、次の段階へ進んでいただく」
「次の段階? それって、創造フェーズか?」
「定義による。あなたが保存してきたものは、“記録”の形でのみ存在していた。しかし今や、それらは“再利用可能な概念”として、あなたの内部に再構成されている」
黒衣の男が指を鳴らすと、空中に浮かぶ複数のスキルアイコンが表示される。
その中には、レイが過去に保存したモンスターの攻撃、敵スキルの防御特性、環境属性の反転処理など、無数のログが並んでいた。
「あなたがこれを使う時、世界は“書き換えられる”。それはもはや保存ではない。“上書き”だ」
レイは目を細める。
(俺が、世界を……上書きする?)
「……拒否したら?」
「統合は進行している。拒否は不可。ただし、制御は可能。あなた自身が、“それを望む限り”は」
その言葉に含まれた曖昧さを、レイは理解していた。
“自我”を維持しているうちは、自分でいられる。だがもしスキルの統合が意識の深層まで進めば、“スキルがレイを制御する”可能性もある。
そのとき、レイのインターフェースにメッセージが表示された。
《統合対象:レベル7構造スキル“断裂穿孔”を再構築しますか?》
《YES / NO》
「……やるしかない」
レイは《YES》を選び、次の瞬間、空間が収縮するように歪んだ。
彼の足元から黒い陣が浮かび、保存されたログが1つに収束していく。
その出力されたスキルは、明らかに“レイが使用可能な範囲”を超えていた。
(これが……創造されたスキル……!)
彼の手のひらに現れたのは、“保存されたスキル”ではなかった。
それは、無から生まれた“記録上存在しなかったスキル”。
つまり――《世界に存在しなかったはずの力》。
「統合、完了。次の観測段階に移行する」
黒衣の存在は、そう言い残して霧のように消えた。
*
その夜。ギルドの隠れ家では、クロトとユエがログの異常を確認していた。
「レイさんのログが、今日の午後から断絶しています。位置情報も不定……」
「また一人で動いてる……心配だね」
そこに、シルフィアが静かに言葉を挟んだ。
「でも、怖くはない。私は、レイの背中を見て進みたいって思った」
彼女の言葉は、皆の心に小さな灯を灯した。
その頃、レイはログに記されない場所で、一人、再構築されたスキルを握りしめていた。
《スキル名称:空白穿孔》
《状態:未定義。観測者以外に存在を認識されないスキル》
(ここからが、“創造”の始まりだ)
そして、ログの奥――さらに深い観測層で、別の存在がレイを“注視”していた。
次回:第24話「深層ログと、創造の芽」
レイの新たな力が戦場で試され、運営側の“切り札”も動き出す――。




