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第22話「統合する記録、迫る境界」

《保存システム統合選択:保留》


そのウィンドウは、ログアウト後もレイの記憶に焼き付いていた。あの時、選択肢に指を伸ばす寸前、何かが脳裏に囁いた気がした――「今はまだ、早い」と。


現実世界に戻ったレイは、深夜の部屋でひとり机に肘をついていた。

デジタル端末の電源は切っているのに、耳の奥で微かな“ノイズ”が揺れている。

それは、あの日から断続的に現れるようになった幻聴だった。


(スキルが……何かを訴えている?)


異常は明らかだった。睡眠時には保存済みのモンスターの視界が夢に混じり、時に“記録された戦闘”が再生されることもある。

自分が見ていないはずの映像。体験していない記憶。それらがまるで“後天的な記録”として、意識に組み込まれていく。


「進行度は……まだ35.12%か」


部屋の隅に設置した非公式ログモニターに映し出された進行値に目をやる。

表面上は安定している。だが感覚的には、既に限界の近くにいるような錯覚すらあった。


その時、端末が震えた。

ギルド《フェードアウト》から、緊急クエストの招集通知。


「これは……」


新たに発見されたダンジョン――《歪界ラグレノス》の最奥に、極めて高密度な異界波動が観測されたという。

シルフィアのメッセージには、「探索許可が出た。全員で突入したい」と書かれていた。


(あの場所、何かがいる)


奇妙な予感がした。あの断片空間で見た“観測者”の背後に揺れていた、もうひとつの影。それがあの場所にいるのではないか――。



「今日の目的は最奥到達。無理はしない。何か感じたら、即座に戻る」


ギルドリーダーのシルフィアは冷静に指示を出す。

レイ、クロト、ユエ、ゴドーの4人は黙って頷いた。


ダンジョン内は異常だった。通常の地形生成アルゴリズムでは説明できない歪みが連続し、奥へ進むほどに“記録できないエリア”が増えていく。


「ここのログ、保存できないな……」


レイは密かに《虚無保存》を試みたが、ウィンドウには「対象不明」「構造非互換」の表示が並ぶ。


(これは……俺のスキルが拒絶されている?)


その瞬間、空間が裂けた。黒く染まった霧の中から、異形の存在が現れる。


全身が結晶化したようなボディ。光を飲み込む瞳。名前すら表示されないその敵は、まるで“この世界の理に属していない何か”だった。


「構えるぞッ!」


シルフィアの号令と同時に戦闘が始まる。だが、攻撃の大半はすり抜け、回避も困難。


「物理が……通らない!?」


「レイ、何か保存できるか!?」

「……やってみる!」


レイは敵の攻撃を受け流しながら、何度もスキルを発動する。

スキル表示の端に、微かに揺れる新たな選択肢が表示された。


《対象構造:未知》

《保存形式:拡張統合モードに移行可能》

《統合しますか? Y/N》


「……Y」


その瞬間、視界が反転した。


レイの頭の中に流れ込んできたのは、数千にも及ぶ“誰かの記録”。

過去にこのダンジョンで“ログを消された者”たちの痕跡――それらがすべて、レイの保存領域に吸い込まれていく。


そして、再び戦場に意識が戻ったとき――


「レイ、後ろから来てるっ!」


「……問題ない」


レイはそのまま、右手を掲げた。周囲に漂うエネルギーが収束し、敵の行動パターンが“視える”ように変わる。


(統合……いや、“解析と再現”に近いか)


レイはそのまま、敵の動作予測に合わせて剣を振り抜いた。

攻撃は命中し、敵の片腕が弾け飛ぶ。まるで、“保存”された情報を使って“再構築した反撃”だった。


「……お前、何した?」


「保存の先を試した。今のは、再生じゃない。記録の改変だ」


敵はレイの眼前で崩壊し、データの断片となって霧散していく。

そして戦闘の終了と同時に、新たなログが表示される。


《保存限界値:41.02%》

《構造識別機能:展開中》

《統合段階:フェーズ2へ移行》


レイの中に、別の“意思”が目覚めようとしていた。



帰還後、シルフィアは静かに言った。


「今のレイの行動、全体ログに記録されてない。まるで……観測されなかったみたい」


レイは笑わずに答えた。


「そういうモードに入ったのかもしれない。ログを観測できない者は、観測されなくなる」


クロトが、その言葉にわずかに反応した。


(……やはり、動き始めたか。統合フェーズが)


そしてその夜、レイの端末に再びあのウィンドウが表示される。


《次の統合を開始しますか?》

《YES / NO》


今度は、拒否という選択肢が許されない気がした。


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