異常な選択と、スキルの器
ログイン直後、レイは草原の片隅で静かにスキルメニューを開いた。
《虚無保存》
スキルレベル:1/保存上限:1体/クールタイム:24時間
「……やっぱり、保存できる数には限りがあるか」
スキルの詳細には、前日には表示されていなかった“スキルレベル”の項目が追加されていた。
どうやら、プレイヤーのスキル熟練度によって性能が変化していく仕様のようだ。
(保存できるのは、今のところ“1体”……つまり保存したら、次は開放しないと新しい対象は保存できない。これは大きな制約だな)
レイは画面を指で操作しながら、ゆっくりと考えを巡らせた。
一見すると使いにくいスキルに思えるが、冷静に分析すればするほど、可能性の幅が広がるスキルでもあった。
保存された対象は、状態を維持したまま、データとして格納される。
回復もダメージも受けない。時間すらも止まるかのように、凍結された状態になる。
「今はスライム1体が限界……だが、レベルが上がれば保存数が増える可能性もある。だったら──」
いかに“誰を”“何を”保存するか。その判断こそが、このスキルを活かす鍵になる。
逆に言えば、それさえ間違えなければ、勝ち筋を一気に引き寄せることができる。
「俺に向いてるな、このスキル……」
そう呟いて、レイは草原の北にある“黎明の森”と呼ばれるエリアへと足を向けた。
──それが、今日の検証場所だった。
* * * * * *
森の中は、草原よりも格段に敵のレベルが高かった。
茂みの影から飛び出す【ファングバニー】、空を舞う【クルードホーネット】。
レイは短剣一本で対応しながら、慎重にスキルの再検証を重ねていく。
「保存できるのは、どうやら“戦闘状態にある敵”に限定されてる……不意打ちやギミックは通じない」
一度だけ、空中に浮かぶハチ型モンスターに保存を試みたが、スキルは発動しなかった。
対象が一定の“干渉可能距離”に入っていなければ、スキルは効果を発揮できないらしい。
(なるほどな……発動条件も、それなりに厳しいってわけか)
だがその分、決まったときのリターンは大きい。
保存中の対象は、こちらから“任意のタイミング”で呼び戻せる。
保存した位置とは無関係に、戦場の好きな場所に“再生”できるのだ。
──たとえば、敵の背後。
──あるいは、パーティメンバーの盾が崩れたタイミングでの援護として。
「やばいな……このスキル、“戦術の鍵”になれるぞ……!」
レイは思わず笑みをこぼした。
装備も、ステータスも、ランクも、何もかもが平均以下。
だが、“考え方”だけは違う。
“どうやって勝つか”を本気で考えるやつは、そういない。
(……そういうのを、俺は中学の将棋部で学んだんだっけ)
ちょっとした懐かしさを覚えつつ、レイは再び歩き出した。
だが、その瞬間──
「きゃっ……!」
森の奥から、短く高い悲鳴が聞こえた。
レイは反射的に走り出す。
──本来なら、関わらないのが安全だ。
だがこの世界では、“偶然の出会い”が一番面白い。
草をかき分けてたどり着いた先で、レイは1人のプレイヤーがモンスターに囲まれているのを見つけた。
「ちょ、ちょっと……無理……!」
小柄な少女のプレイヤーが、倒木の上で必死に剣を振るっている。
その周囲には【リザードハウンド】という小型だが素早いモンスターが3体、彼女を囲むように跳ねていた。
(あれはやばい……囲まれたら初心者じゃ無理だ!)
迷っている暇はなかった。
レイは草むらの陰から飛び出し、手にしていた短剣を逆手に構える。
「おい、下がれ!」
彼女の正面へ滑り込むと、タイミングを合わせて1体のリザードハウンドを蹴り飛ばした。
「ひゃっ……!?」
彼女は驚いて尻もちをつく。だがその隙に、レイは短剣で2体目の足を切り裂く。
3体目が跳びかかってきた瞬間──
「《虚無保存》!」
レイの手のひらから黒い球体が放たれ、リザードハウンドを飲み込むようにして消失させた。
残り1体。
「行ける……!」
レイは切っ先を低く構え、地を滑るようにして距離を詰め、反撃の隙を逃さずに一撃を叩き込んだ。
──そして、戦闘終了。
「……はあ、危なかった……」
膝に手をついて、息を整える。
その後ろで、彼女がそっと立ち上がった。
「す、すご……助けてくれてありがとう……! あの……」
「いや、大丈夫? 無理しすぎたんじゃないか?」
「う、うん……ちょっと、調子に乗って森に入りすぎたみたいで……初心者なのに……」
彼女はそう言いながら、ぽんぽんと装備についた葉っぱを払っている。
髪は淡い栗色、どこか天然っぽい雰囲気の少女。IDは“ミナ”と表示されていた。
「私はミナ。あなたは……?」
「レイ。まあ、こっちでもリアルでもそう呼ばれてるから」
「レイさん……うん、助かった。本当に、ありがと……!」
ぺこりと頭を下げるミナ。
「さっきの黒いスキル、なんて言うの? すごく変わってた……敵が一瞬で消えちゃって」
「ああ、あれは……」
レイは言いかけて、言葉を飲み込んだ。
──《虚無保存》の存在は、今のところ他のプレイヤーには知られていない。
もし公開してしまえば、対策されたり、真似されたりする可能性もある。
「ちょっとした、レアスキルさ。今のところ、まだテスト中って感じ」
「ふーん……なんか、レイさんって強そう。なんていうか、無理してないけど戦い慣れてるって感じ」
「いや、まだまだ駆け出しだよ。初期装備だしな」
2人は軽く笑い合った。
そのあと、ミナは街へ戻ると言い、レイも保存上限がいっぱいのため、これ以上の戦闘は避ける判断をした。
ログアウト前、彼は保存リストを確認する。
《保存中:リザードハウンド×1(残HP:62%)》
《スキルレベル:1/保存数上限:1体》
「次のレベルに上がれば……保存数も増えるのか?」
成長すれば、同時に2体、3体と保存できるようになるのかもしれない。
つまり、タイミングさえ見誤らなければ、敵の戦力そのものを“封じる”こともできる。
(このスキル……本気でヤバいな)
レイは小さく笑って、ログアウトボタンを押した。
現実へと引き戻される直前、ふと──ミナの笑顔が脳裏に残った。
(また、会えるかな)
そんな淡い思いを胸に、レイの冒険は、確実に加速し始めていた。