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制御計画と、“保存の意思”

レイの保存スキル《虚無保存アビスストック》──

その異質な能力は、もはや“戦術”では収まりきらない“概念操作”に踏み込んでいた。


敵を記録し、圧縮し、己の意思で再構成して再現する。

それは単なる戦闘技術を超え、“存在の再定義”にまで至る危険性を孕んでいた。


だが、本人であるレイはその事実に、まだ完全には気づいていない。

そして、気づかせないように動いている者たちが、着々と“制御計画”を進めていた。


***


「レイ、今日は一人で外出?」


「ギルドの仕事はないからな。ちょっと様子見も兼ねて、情報集めだ」


現実世界。薄暗いネットカフェのブースで、レイはVR装置を外して休息していた。

だがその瞳は、どこか落ち着きを欠いていた。


──数日前から、幻聴が聞こえるようになっていた。


それは囁きにも似た、誰かの“声”。

「もっと取り込め」「この世界の構造を見せてやる」と。


(疲れてる……だけ、だ)


そう言い聞かせながらも、手は自然と再ログインの準備を進めていた。


***


《アストラ・スリープ・オンライン》内部。

ダンジョン帰りのレイは、拠点ギルドルームに設けられた小部屋で、一人ログの再確認をしていた。


(やはり、消えている……)


保存成功の記録。圧縮率。対象の属性や挙動記録──

その全てが、30分単位で断続的に“抜かれている”。


「偶然じゃない。何かが──いや、“誰か”がやっている」


そして、クロト。彼に対する疑念は日々濃くなっていた。


だが、証拠はまだない。


***


一方、運営本部《アルマ・ノード管理局》。

そこで交わされていた密談は、異常な記録に対する“抑制策”についてだった。


「……レイ。虚無保存の使用頻度と圧縮対象の変質度が増加しています」


「観察記録を解析した結果、“保存されたモンスター”の性質に変化が見られた」


「変化?」


「“攻撃性の増加”、“耐性の偏重”、“行動の自律性”──おそらく、彼の意思が干渉している」


管理官の一人が眉をしかめる。


「つまり、“保存する”という行為は、すでに単なるデータ収集ではない……?」


「ええ。彼の“意思”が、保存体に影響を与え、再生成時に性質を変えている。

 もはや、それは──“再創造”に近い行為です」


重い沈黙が会議室に落ちた。


「制御計画を開始するべきです。“抑制コード”を渡して、スキルの出力を絞らせる」


「だが、正面から出れば彼は気づく。もっと自然な形で、“従わせる”必要がある」


そこで、ひとりの男が名を口にした。


「──クロトだな。彼になら、うまく導ける」


***


その夜。クロトは密かに管理端末を起動していた。


《新任務:制御計画フェーズ2開始》


《対象:レイ/IDコード:Void-Storager001》


《優先事項:精神干渉による抑制、または自然離脱誘導》


クロトは苦笑した。


「俺は……彼の仲間で、彼の敵。なんて器用な立場だ」


だが彼は、心のどこかでレイに興味を抱いていた。


(“保存”ではなく、“再定義”……。もし、それが意識的に可能なら──)


それは、ゲームという枠を超えた“創造神”のような力だった。


***


翌日。


「レイ、ギルドクエストじゃなくて、今日はソロなのか?」


「ちょっと、確認したいエリアがあるんだ。ユエの同行は?」


「彼女はシルフィアと補助練習中だよ。ゴドーも付いてる」


「……そうか。じゃあ行ってくる」


レイはダンジョン《深淵裂谷》の下層へと向かった。


かつて、数秒だけ“異形の記録”を保存しかけた場所。今の自分なら、できる気がしていた。


保存スキルを展開する。現れたのは、未知のモンスター《渦巻く影蛇シャドゥ・スネア》。


「保存──開始」


影がうねり、空間を飲み込むように収束していく。


(こいつは……“ただの記録”じゃない)


保存成功の瞬間、身体に痺れるような負荷が走る。


《副作用進行度:35.98% → 37.31%》


──だが、彼は気づいていなかった。


そのスキルが、自分自身の“定義”すら変え始めていることに。


そして、そのデータは──すでに“誰か”の端末に送信されていた。


クロトの静かな視線が、ログを注視していた。


「やっぱり……君は境界を越える者なんだ、レイ」


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