監察の爪痕と、消えたログ
「よし、残りはあと二体。気を抜かずに行こう」
ギルド《フェードアウト》の面々は、山岳地帯《ラディアル峰》で発生した異常事態のギルドクエストに挑んでいた。モンスターの生息分布が崩れ、本来の生態系では現れないはずの高難度種が徘徊しているという。
出動メンバーは、リーダーのシルフィア、重装槍のゴドー、サポーターのクロト、新人のユエ、そして保存スキル使いのレイ。フルパーティ構成での本格調査任務だった。
「さっきのクモ型……足多すぎて気持ち悪かったっスよ……」
「ユエ、手元がぶれたぞ。あと一歩で毒針を食らうところだった」
ゴドーの低く重い声に、ユエは肩をすくめる。
「ひ、引き気味で見てただけですよ、引き気味で!」
クロトはそのやりとりに苦笑しながら、そっと補助魔法の範囲を調整していた。
その後ろで、レイは無言でログウィンドウを確認していた。違和感がある。戦闘中に発動した保存スキルの記録が、ごっそりと欠けていたのだ。
(……また、消えてる)
保存成功、失敗、対象の名前、属性、圧縮率。すべてが正常に残っているはずの箇所に“空白”が走っていた。
「レイ、こっち。残りの群れがこっちに向かってきてる!」
シルフィアの声に応え、彼はログを一旦閉じると武器を構える。
「了解。保存体、展開──!」
影から現れたのは先日取り込んだばかりの“音波感知型飛行獣”。視界の悪い山間部でも正確に敵を察知し、レイの視野を拡張する役目を果たしていた。
一行は連携よくモンスターを制圧していく。クロトの防御バフが全体に波紋のように広がり、ゴドーの突進とシルフィアの双剣が敵を切り裂いた。ユエは要所で側面攻撃に入り、レイが保存体を的確に差し込む。
見事な連携だった。
だが──レイは戦いの最中にも、背後からの“視線”を感じていた。
******
休憩の間、クロトは一人、岩陰に座り端末を開いていた。古ぼけた魔道タブレット型の情報装置。それは一般のプレイヤーには認識されない“観察者専用”のインターフェースだった。
クロトは無表情のまま、細い指で報告を記録する。
《保存スキル進行率:35.17%。副作用兆候あり。ただし本人は気づかず/否定傾向》
《ログ干渉の試み数:3。成功率維持。対象の警戒レベルは軽度上昇》
《第17観測任務、継続可能。レイ個体の逸脱度は……“緩やかな上昇”と報告》
「……このまま自然進行で観察継続。上層へはノイズ処理済み」
クロトは音もなく端末を閉じると、またいつもの柔和な笑顔に戻った。
「ふぅ〜……さてと、合流しよっかな」
誰にも気づかれず、彼はギルド仲間の元へ戻っていった。
******
その頃、レイはまたしても保存スキルのログを見つめていた。
「……なぜ、また記録が欠けてる」
戦闘中に保存したはずのモンスターの情報が、きれいに消去されている。まるで最初から“保存されていなかった”かのように。
(これは……外からの干渉だ。誰かが、俺の記録にアクセスしてる)
だが、誰だ?
ユエか? いや、彼女はまだ初心者でスキル干渉など不可能。シルフィアとゴドーも違う。彼らは管理系のスキルを持たない。
レイは視線を動かし、クロトを一瞥した。彼は相変わらず、のんびりとお茶を淹れていた。
(まさかな……)
一瞬、疑念が過ぎる。
が、その思考は次の敵の出現アラートにかき消される。
「接近信号! 数、八体!」
「連携を維持して処理する! ユエ、右から回り込め!」
シルフィアの指示で、再び戦闘が始まった。
***
戦闘を終え、ダンジョンの中層に到達すると、異常な現象が発生した。
空間の一部が“捻れ”、ノイズが走ったのだ。
「ログ……また変だ」
レイは小声で呟いた。
《副作用進行度:35.23%》
また、少しだけ数字が上がっていた。
(俺は……“保存”してるだけのはずだ)
だが、どこかで、“保存される側”に近づいているような、そんな錯覚を覚える。
その後ろで、クロトが見えないウィンドウを一瞬だけ開いた。
《報告完了。次段階、準備中──》
無音の文字列が、彼の網膜にだけ表示されていた。




