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ユエの初陣、そして監視者の影

「ふぅ……緊張するなぁ……」


《フェードアウト》ギルドの新人、ユエは額の汗をぬぐいながら、そっと剣の柄を握り直す。今日は彼女にとって初の実戦クエストだ。場所は中級ダンジョン《薄明の石廊》──奇怪な石像と薄暗い通路が続く場所で、初心者卒業レベルの洗礼を受けるにはちょうどよい。


「肩の力抜け。足運びだけしっかりしてれば、モンスターの動きは読める」


背後から聞こえたのは、彼女の教育係に指名されたレイの声。相変わらず表情に感情の起伏は少ないが、言葉の端々に経験値が滲む。


「は、はいっ……!」


前回の決勝戦から数日。束の間の休息の中、レイは再び探索を始めた矢先にユエと遭遇し、その流れで“連れてきた”責任を押し付けられたかたちで、面倒を見る羽目になっていた。


ダンジョン内部には、石像を模したゴーレム系のモンスターが徘徊している。肉弾戦に優れ、正面からの攻撃は効きづらい。


「ユエ、横から誘導して。俺が保存したスキルで動きを止める。……3秒でいい」


レイは囁くように指示を出すと、背後の空間を裂くように手を振る。


虚無保存──《アビスストック》。


そこから現れたのは、影のように揺らめく槍だった。既に保存された状態のモンスターの一部──貫通スキル持ちの個体から複製したスキル。


「今っ!」


「はいっ!」


ユエがゴーレムの側面へ斬りかかると同時に、影の槍が急所を貫いた。


「──沈黙確認、消滅したわ」


シルフィアがクエストの確認を端末でチェックする。今日のクエストは6体討伐と素材回収。順調に進めば3時間ほどで終わる予定だった。


しかし、その様子を《監視》する視線が、遠くから静かに光っていた。


***


「レイ、君の保存スキル……面白いね」


ダンジョンの影、石像の奥に、フードを被った一人の男が佇んでいた。通信機の端末には、次々と映像が記録されていく。


「虚無保存。正式名称アビスストック。現時点では未解析……その保存条件も、出力の範囲も未知数」


男──コードネーム《ウォッチャー》は、運営から派遣された監察者だった。


「対象、依然として制御可能。しかし、進行度には注意が必要だな……副作用、観測進行度:30.4%」


彼の目には、レイの背後に漂う“異質な気配”が見えていた。まるで別の存在が、そこに棲みついているかのように。


「それにしても……新入りの子。ユエとか言ったかな。感情の起伏が強い……誘導しやすい性質」


彼は新たな観測対象として、ユエに目をつけ始めていた。


***


「ふぅ……なんとか倒せた……!」


ユエは崩れ落ちるように腰を下ろし、深く息を吐く。額の汗はびっしょりだったが、どこか嬉しそうな顔をしていた。


「よくやった。動きも無駄が減ったな」


レイは素直に褒める。彼女の戦闘センスは確かに高く、なにより吸収力が早い。


「へへ、教えてもらった通りにしたら、ちょっとだけうまくいったかも……!」


笑顔を浮かべるユエ。その一方で、レイの中には、ふとした違和感が芽生えていた。


(また……耳鳴り……?)


右耳の奥で、風のようなノイズが流れていく。何かが“訴えている”ような感覚。しかし、それを認識した瞬間、消えてしまう。


「──レイさん、大丈夫ですか?」


「……ああ、なんでもない」


スキルウィンドウを開いたレイの目に、進行度の更新が表示された。


副作用進行度:30.4%(+0.01)


「誤差の範囲……だろ」


自分に言い聞かせるように呟き、画面を閉じた。


──だが、誰も知らない。その誤差が、未来に大きな波を生むということを。


***


ダンジョンの外、木陰の下でウォッチャーは小さく息を吐いた。


「やれやれ、これ以上は深入りできないか。だが……興味深いデータが取れた」


通信端末にログを保存すると、彼は音もなくその場を離れていく。


「このまま進化を続けたら、運営の“枠”からも逸脱するかもしれないな、レイくん……」


その呟きは、薄明の石廊に溶けて消えた。



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