ユエの加入と連携訓練
「はい、これで申請完了ね。今日からあなたも《フェードアウト》の一員よ」
「──えっ?」
ぽかんと口を開けたのは、他でもないレイだった。
ギルドの面接室。壁には《フェードアウト》の紋章が飾られ、中央の机では、ギルドリーダーであるシルフィアがユエの加入申請書にサインを終えたところだった。
ツインテールの少女――ユエは、レイの隣で文字通りぴょんぴょん跳ねている。
「ありがとうございますっ! わたし、レイさんに拾ってもらってから、ずっとこの瞬間を夢見てましたー!」
「拾ってはない」
「でも助けてくれたじゃないですか! これって運命ですよね!?」
「運命ではない」
そのやり取りを見ながら、シルフィアは微笑を浮かべたまま、静かに言う。
「というわけで、彼女の教育係はレイね」
「……待て。それはおかしい」
「おかしくないわ。連れてきた人が責任を持つ。これはうちの“暗黙ルール”でしょ?」
「聞いた覚えないぞ」
「さっき決めたから」
「即決かよ……」
レイが眉間を押さえる横で、ユエはキラキラした目でこちらを見ていた。
「師匠って呼んでいいですか!?」
「ダメだ」
「じゃあ先生! 先輩! 相棒っ!」
「どれも却下だ」
「むぅ〜〜〜〜〜」
レイは小さくため息を吐きながら、天井を仰いだ。
(面倒なことになった……)
──だが、ほんの少しだけ、心の奥で悪くないとも思っていた。
⸻
翌日、《翠嶺の旧道》の訓練場にて。
「まずは保存体の特性から教える。これは“遮断型・灰灯”。一定方向からの攻撃を一定時間無効化できる」
「へええ……ほんとに影みたいな壁ができるんですね……」
「ただし、展開には1.5秒の硬直がある。読まないと失敗する」
「読まないとって、モンスターの動きですか?」
「動きと間合いとタイミング。全部だ」
レイは淡々と説明するが、ユエはまるでアイドルを見るような目で頷くばかりだった。
(ちゃんと聞いてるのか……?)
「次。保存体を使った連携。お前が前衛をやる場合、俺が先読みして遮断壁を出す。そのためには位置情報を俺に“伝える”必要がある」
「つまり……心を通じ合わせるってことですね!」
「違う」
「でも目と目が合った瞬間とか──」
「違う」
「心は通じ合わせなくていいんですか!?」
「必要ない」
「ええええ〜〜〜……」
思ったよりも扱いづらい。だが、反応は悪くない。
ユエはどこか感覚派で、説明するよりも実践で学んでいくタイプのようだった。
「次、実戦。中型の《リーフウォーカー》がいるはずだ。そいつで試す」
「了解っ!」
──フィールド奥。茂みの向こうから、樹皮のような装甲を持つ二足歩行のモンスターが姿を現した。
ユエは突っ込む。
「来たっ!」
「保存体、展開」
黒い壁がユエの前に立ちはだかる。その向こうで、敵の斬撃が虚しく消えた。
「すごっ……!」
「今のうちに回り込め。右脚の関節が弱点だ」
ユエは指示通りに突き込み、レイピアで関節を貫いた。わずか10秒で撃破。
「はぁ、はぁ……できた……!」
「まあまあだ」
「褒められたっ!」
「褒めてない」
その後も何度か実戦を繰り返す中で、レイは気づき始めていた。
(……素直で、飲み込みは速い。騒がしいが、悪くはない)
⸻
夜、拠点のラウンジ。
「ねえレイさん、保存スキルって、感情も保存できるんですか?」
「できない」
「もしできたら、“あの時のドキドキ”を繰り返し再生して──」
「……お前、何に使う気だ」
「レイさんに会った瞬間の感情とか!」
「やめとけ」
「記憶保存型恋愛……ちょっと良くないですか?」
「小説か」
そんな他愛もない会話を交わしながら、レイはふと、保存スキルのウィンドウを開いた。
《副作用進行度:30.44%》
(……0.01%上がってる。まあ、誤差の範囲だ)
深く考えず、ウィンドウを閉じた。
いまはまだ、“この時間”を壊したくない――
レイはそう、無意識のうちに願っていた。




