束の間の自由と、招かれざる邂逅
ギルド戦優勝から三日が過ぎた。
フェードアウトの拠点は歓喜と祝福の空気に包まれていたが、レイはその喧騒から離れるように、久々のソロログインを選んだ。
(少し、頭を冷やしたい)
浮かんだのは、静かな探索フィールド《翠嶺の旧道》。中レベル帯のモンスターが出現するだけで、景観も美しい。戦闘というより、散策に近い目的だった。
小鳥の囀り、風に揺れる葉音。
こんな場所で、久々に一人で歩くのは悪くない。
「……あの騒がしさも、嫌いじゃないけどな」
ギルドの面々の顔がふと浮かぶ。
ゴドーの豪快な笑い、クロトの毒舌、そしてシルフィアの優しい微笑み。勝利を分かち合った仲間たち――それでも、自分だけが抱えている“保存”の重みは、未だ語れずにいた。
(副作用進行度は、30.32%。誤差の範囲とはいえ、いつまでも黙ってていいわけじゃない……)
ふと、風に乗って助けを求めるような悲鳴が耳に届いた。
「──キャアアアッ!!」
レイは即座に足を止め、視線を上げた。
木々の向こうで、大型のモンスター《リーフフォング》が牙を剥き、誰かを追い詰めていた。
見れば、装備も初級者向けの女性プレイヤーが、盾ひとつで必死に防いでいる。
(無謀だ……あのままじゃやられる)
瞬時に保存体を呼び出す。
「《保存解放・斬域転写》!」
地面を這うように黒い影が走り、フォングの脚を切り裂く。
奇襲にバランスを崩したモンスターへ、レイは迷いなく飛び込んだ。
「……っ、そっちから来るな!」
回避行動を取りつつ、モンスターの攻撃を誘導する。次いで、もう一体の保存体を解放。
「《保存解放・鈍足殻獣》!」
硬質な甲殻を纏った影が突進し、敵の動きを封じる。
そして、最後はレイ自身の一撃。
「──これで終わりだ」
レイの刀が残像を残しながらモンスターを断ち切る。
刹那、緑の巨躯が崩れ落ち、空気が静まった。
「……助かった、の?」
震えた声が背後から届いた。
振り向くと、栗色の髪をツインテールにした女性プレイヤーが、恐る恐るレイを見上げていた。
レベル表示は28。名前は「ユエ」。
「ありがとう! あなた、もしかして……ギルド《フェードアウト》のレイさん!?」
レイが軽く頷くと、彼女の顔が一気に明るくなる。
「うそ……本物だ……! わたし、あの決勝戦リアルタイムで観てて……ファンなんです! っていうか、加入希望です! ギルド入りたいです! いや、もう入れてください!!」
「は?」
レイは一歩下がった。
「いや、今はソロ活動中で……それに、いきなりは」
「え、でも、戦場で保存スキル展開してた時のあの冷静さ! あれで惚れないわけないじゃないですか!」
「……そういう意味で入るギルドじゃないと思うけど」
彼女はまったく気にする様子もなく、さらに畳みかけてくる。
「じゃあ、ギルドの誰に頼めばいいんですか? クロトさん? シルフィアさん!? スカウト試験でもあります!? モンスター倒せばいい? それとも保存されればいい!?」
「いや、“保存されたい”って何……」
心底困惑しながらも、レイはこの勢いだけで生きているような彼女に、どこか懐かしさを覚えていた。
最初期、自分も《虚無保存》という意味不明なスキルに、わけもわからず突っ込んでいったのだ。
「とりあえず……ギルドメンバー全員の了承が必要だから。仮申請だけ受けとく」
「やったあぁぁっ!! 本当に!? もう一生あなたに付いていきますっ!!」
「いや、それはやめて。ストーカーみたいだから」
「じゃあ弟子にしてください! “レイさんの保存理論”とか講義して!ノート取ります!」
「……騒がしいやつが来たな」
レイは空を仰ぎ、頭を軽くかいた。
ギルド戦を終えても、まだ物語は続いていく。
それは“異変”の胎動と同時に、こうした“新しい日常”の始まりでもあった。




