決勝戦と予測された対策
決勝戦当日。《フェードアウト》のメンバーは、仮想ロビーに集まっていた。
「ついに……ここまで来たんだな」
ゴドーが腕を組み、無骨な背中を見せながら呟く。
「だが、相手はあの《レッドカテドラ》だ。上位ランカーにして、ギルド戦常勝の怪物」
クロトが表示された情報を一瞥する。相手はシンプルに強い。属性特化、連携完璧、隙がない。
「しかも、こっちの《虚無保存》の情報、ある程度バレてるみたい」
シルフィアが表情を曇らせた。
実際、SNSやゲームフォーラム上ではすでに“フェードアウトの戦術”が話題となっていた。
《虚無保存》の能力――一時的に敵のスキルや存在を保存し、後に再利用・解放する力。
これを“対策不能の強スキル”と恐れる声と同時に、その弱点を推察する声もあった。
──保存には“限界”がある。
──展開には“予兆”がある。
──持続には“負荷”がある。
《レッドカテドラ》は、それらを徹底的に研究していた。
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決勝戦のフィールドは、通称《天空の祭壇》。
巨大な浮遊遺跡群が立体的に並ぶ三次元戦場。高低差と空間の読みが勝敗を分ける。
開始と同時に、敵は先制スキル《パラライズ・マントラ》を放つ。
「っ……詠唱が読まれてる!? 保存体、封じにきたか!」
クロトが叫ぶが、レイは冷静だった。
「……第3保存スロットを捨てろ」
「はっ?」
「罠だ。こっちが《捕食体》を出すと読んでる。その展開は封印しろ」
指示と同時に、レイは《保存スロット1》から《空間転位型・疑似個体》を展開。
敵が用意していた“保存体封じ”は虚を突かれ、見事に空を切った。
「ちっ、予備パターンか……!」
相手リーダーの目が鋭くなる。
彼らも読み違いは許されない。“保存読み”が通じないとなれば、強引な制圧に切り替えるしかない。
「斬撃特化3名、火力集中で中央突破! 支援を潰せ!」
敵チームは火力の暴力で押し切ろうとする。
だが、それを止めたのはシルフィアの魔力強化《月銀の障壁》。
「援護を!」
クロトが展開した《魔脈妨害陣》で敵の加速スキルを打ち消す。
そのスキをついて、ゴドーが1人を空中に叩き落した。
「レイ! 今!」
「《保存解放・歪界収束》!」
フィールドに黒い円が広がり、敵の動きを“歪ませる”。
保存体が干渉した座標がランダムにズレ、攻撃の狙いが狂わされていく。
「な……空間が歪んで、攻撃が……!」
混乱を突いて、フェードアウトは一気に攻勢を強めた。
しかし、敵もただではやられない。
「読み通りだ、《保存解放・歪界収束》は前半3分に一度しか使えない!」
相手の分析官らしき後衛が叫ぶと同時に、残っていた中衛が攻撃スキルを連打。
レイの防御は完全に後れを取った。
「レイっ!!」
シルフィアが叫ぶが、レイは飛び退くようにして回避した。
被弾。ダメージ音。HPの急降下。
しかしその瞬間――
「《保存解放・虚映転写》」
レイの姿が“消え”、別の座標に“再生”されていた。
「……これ、いつ保存してた!?」
「《幻覚保存》。前の戦で、姿だけを保存してたんだよ」
敵の解析が一瞬遅れる。
レイは、その隙にとどめの保存体を展開する。
「──《保存解放・終刻断章》」
漆黒のエネルギーがフィールド全体を包む。
スキルそのものの“発動履歴”を一時削除し、敵のバフ、連携、支援を“無かったこと”にするスキル。
レッドカテドラの強さは、連携と下準備にあった。
それを一瞬で“白紙”に戻され、彼らの戦術は音を立てて崩れた。
「だめだ……支援が切れた! リンクも!」
「くそっ……保存スキルが、読めない!」
レイの目は静かだった。
(俺のスキルは、読まれてもいい。ただ、“全部は読めない”。そういう風に、保存してある)
戦術的にではない。感覚的にすら、スキルの“底”が読めないように保存してある。
レイはそう仕込んでいた。
「終わりだ。今度は、こっちが読み勝つ番だ」
クロトの必中魔法が、敵リーダーの心臓を貫く。
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「勝者、《フェードアウト》!!」
試合が終わる。歓声。ログアウト。
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現実世界、ログアウト後のレイは、体を起こしながらモニターを確認した。
副作用進行度:30.31%(+0.01)
「……また誤差程度か。問題ない」
視界の端に、微かに黒い残像が揺れた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
「勝った、でも……これはまだ“序章”だろうな」
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《フェードアウト》は優勝を果たした。
だがその瞬間、世界中の注目が《虚無保存》という異質なスキルと、その使い手・レイに向かっていた。
次なる戦いは、すでに始まっていたのだ。




