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準決勝の風、忍び寄る影

「準決勝、対戦相手は……《イグジスト》だと?」


控室のモニターに対戦カードが表示された瞬間、空気が張り詰めた。


《イグジスト》――戦術特化型ギルドにして、過去に上位常連ギルドを打ち倒してきた難敵。

彼らの最大の武器は“支配”だった。戦場そのものを設計し、敵に選択肢を与えず、戦闘を“管理”する。


「正攻法じゃまず勝てないな……罠と空間干渉が厄介すぎる」


ゴドーが腕を組み、低く唸る。


クロトが端末を操作しながら、データをまとめる。


「罠スキルの重複展開、空間逆転フィールド、あと重ね掛けのデバフ……構造が複雑すぎる。普通は押し潰される」


「……でも、それごと保存できれば?」


静かにレイが言った。


「え?」


「“戦場”そのものを《虚無保存》できれば、相手の武器を一瞬で無力化できるってこと」


その言葉に、誰もが一瞬息を呑んだ。

大胆すぎる。だが、レイならやりかねない。


「やるしかない。勝ちたいなら」


レイの瞳には、奇妙な光が宿っていた。冷静すぎるほどに冷たいその目を、シルフィアは見逃さなかった。



試合開始。


舞台は《幻想牢獄》。視界は歪み、地形が読みづらい特殊空間。

時間の流れすら変わる“イグジスト”お得意の支配フィールドだった。


「こっちは視界不良とタイムラグに対応しないとヤバい! レイ!」


「保存体展開。《幻影捕食体・擬態型》、行け」


黒い霧から、歪んだ影のような存在が現れる。

それは敵が設置した罠フィールドを“吸収”し、解析を始めた。


「……こいつ、罠を食ってるのか!?」


敵ギルドのリーダーが驚愕する間にも、フェードアウトは連携を崩さず進撃する。

クロトの妨害魔法が支配系スキルの安定を崩し、シルフィアの支援がチームの戦力を底上げしていく。


そして、レイは次の保存体を解放した。


「《保存解放・鏡界崩壊》」


これはかつて一度だけ保存した“戦場干渉系”の存在。

フィールドの構造情報を壊し、強制的にリセットする能力を持っていた。


その瞬間、空間が砕け、重ねられていた支配層が“白紙”に戻される。


「なっ、俺の……俺の空間制御が無効化された!?」


「いまだ、押し込め!」


ゴドーが突進し、シルフィアの魔法で敵の防御が崩される。

クロトが戦場端から必中魔法を放ち、相手後衛が崩れた。


最後に、レイが保存していた最も不安定な存在を解放する。


「《保存解放・断絶輪環》」


空間に無数の輪が出現し、相手のスキル接続を次々に“遮断”していく。

支配は解除され、混乱した敵の構造は崩壊する。


そして──


「勝者、フェードアウト!!」



試合終了後。


控室に戻ったレイは、静かに端末を操作した。

スキルウィンドウの隅に、小さな変化があった。


副作用進行度:30.3%(+0.01)


「……微増か。まあ、誤差の範囲内だな」


レイはそれ以上、気にする様子もなく画面を閉じた。

わずかな耳鳴りも、ただの緊張による疲労だと思い込んだ。


(あれは……俺が選んだ保存体だったはず)


だが、どこかで“何かが勝手に出てきた”ような違和感もあった。

それでもレイは、自分を信じることにした。


「まだ行ける。次は……決勝だ」



一方、仲間たちは静かに様子を見守っていた。


「なんか、あの保存体……変じゃなかった?」


「進化……なのか? それとも“選ばれた”?」


クロトの声に、シルフィアがわずかに眉をひそめる。


(違う。あれは、進化でも選択でもない。もっと“危うい”何か)


それでも、彼女は信じると決めていた。

レイが崩れない限り、自分たちは前へ進めると。



現実世界、ログアウト直後。


ベッドの上で目を覚ましたレイは、天井を見つめる。


「決勝……か。あのスキルで、どこまで行ける?」


再び、耳の奥で“何か”が囁いたような気がした。

だが、それが幻聴なのか本物なのか、レイはもう判別しようとは思わなかった。


(今はまだ、大丈夫だ)


そう、自分に言い聞かせながら、次の戦いに備えて目を閉じた。

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