競技の渦中、隠された進行度
「《フェードアウト》、第一回戦、勝利!」
実況チャットの文字がスクリーンに躍った瞬間、観客席が沸いた。
ランキングギルド戦、通称「グラディア・ウォーズ」。これは、最大5人編成のギルド同士が戦い、戦術・連携・個の力を競うPvP型トーナメント形式のバトルイベントである。
しかも今回、フェードアウトは“無名”からの出場枠を掴んで出場した異例のチームだった。
だが、それは第一戦の結果で一変する。対戦相手の《紅月の誓約》は、昨年ベスト16に入った中堅ギルド。その主力を、保存スキルを軸とした奇抜かつ緻密な作戦で破ったのだ。
「ナイス連携でしたね。あそこで保存体《シャドウリンク・斬腕》を出すタイミング、絶妙でしたよ、レイ」
「お前、俺より先に動いてただろ。お互い様だよ」
シルフィアと笑い合いながら、レイは水を口に含む。
だが、その笑顔の奥で、指先がわずかに震えていた。
(……まただ。試合中、耳の奥で“誰かの声”がしてた。指先の感覚も、何かおかしい)
《虚無保存》スキルウィンドウの下段に、小さく表示される「副作用進行度」は、28.6%を示していた。
目を凝らさなければ見えないその数字。通常スキルには存在しない“異常項目”だった。
(なぜ、保存するたびにこの数値が上がる? なぜ俺の意識まで……)
だが、そんな疑念に浸る暇もなかった。
2戦目の相手、《ヘルテイル》との戦いは15分後に始まる。
⸻
「開幕、奇襲ルートを遮断してくるはず。相手のリーダー、過去にも初手《ステルス→撹乱→奇襲》で勝ってる」
クロトが冷静に分析を続ける。
シルフィアは支援魔法のチャージを、ゴドーは装備の最終チェックをしている。
「じゃあ、俺が開幕で《保存体・音響爆撃/バットシュリーカー》を使う。奇襲の感知範囲を強制可視化する」
「やれる?」
「……やれるさ」
レイはそう答えたが、内心では少しだけ違った想いが浮かんでいた。
(俺の“意志”って、本当に俺のものか?)
“保存したものを使いたい”という欲求が、いつの間にか判断を超えて先行している。
あたかも、自分の意思が“スキルそのもの”に乗っ取られているような錯覚すらあった。
だが、仲間たちは信じている。レイがこのスキルを掌握していると。
(なら、俺は応えるしかない)
⸻
第二戦、開始。
フィールドは《霧裂谷》。見通しが悪く、音の反響が狂う難関マップだ。
「先手を打つ、《保存解放・音響爆撃》!」
レイの手元から放たれた黒翼の蝙蝠が、甲高い音波を撒き散らしながら飛び立つ。
ステルス状態の相手が可視化され、霧の中から複数の影が現れる。
「位置特定! バフ展開、いける!」
シルフィアの支援が空間に輝きを放ち、ゴドーが一直線に突撃。
後衛のクロトは一手早く妨害魔法を展開し、相手の詠唱を妨げる。
(保存体はあと2体……ここで、分断に使うか)
レイは2体目を展開。
「《保存解放・イリュージョンワーム/複写体》!」
奇妙な模倣体がフィールド上に散り、幻覚を巻き起こして敵を錯乱させる。
この“視覚破壊”と“音響暴露”のコンボで、相手の連携は崩壊した。
(……行ける)
だがその瞬間、レイの脳内に、言葉にならない“ノイズ”が走った。
──ギ、ギ……リ、ギ……
──保存、保存、融合……上位、進化、無限……
(誰だ、今の……!)
視界が一瞬、色を失う。だが足を止めることはなかった。
最後の1体を解放する。
「《保存解放・マグマスパイク・小規模》──!」
地面が崩れ、敵のリーダーが吹き飛ぶ。
勝敗は決した。
「勝者、《フェードアウト》!」
再び、場内が湧いた。SNSでは「ダークホースの快進撃」として実況が拡散されていた。
だがレイは、その熱狂の中で静かに項垂れ、静かにスキルウィンドウを開いた。
副作用進行度:30.2%
(このままだと、いつか“自分”が保てなくなる)
そう思った瞬間、再び幻聴が響いた。
──でも、それでいいんじゃないか?
(黙れ……)
──勝てばいい、結果だけが意味を持つ。“保存”とは、存在の支配だ。
(俺は、俺であり続ける……!)
その意思の断片を、レイはまだ辛うじて保っていた。
⸻
控室。仲間たちは祝杯ムードだった。
「あと2戦で、決勝ですね!」
「ここまで来るとは、正直思ってなかった。だが、悪くないな」
「レイ、お前……やっぱ化け物だわ。あの保存の使い方、誰も真似できねぇよ」
レイは笑みを返しつつも、内心で戦っていた。
(この“歪み”を、誰にも悟らせない。勝つためには、俺が壊れても構わない)
だが、その決意の裏には、小さな希望もあった。
──誰かが気づいてくれるのではないか。
今の自分を、“スキル”ではなく“人間・桐島澪”として見てくれる誰かが。
その希望だけが、彼を保っていた。
(俺はまだ、終わってない)
ギルド《フェードアウト》の進撃は止まらない。
だがその裏では、静かに“蝕み”が進んでいた――。




