実演販売
【レオン視点】
『リベルタス歴17年、フェリカ歴136年、4月25日 昼前』
今日は天気も良く暖かい日だった。
僕とセリウスくんは、ハッサンさんたちと、メルヴのバザールの中央広間に来ていた。
すでにハッサンさんが『ウマいもの』を売るという噂が広がっているようで、広間は客や見物人であふれたいた。
ハッサンさんの前には、ペンネを茹でるための鍋が置かれている。
「さてさて! ここにあるのはペンネ! リベルタス帝国の麦で作られた食べ物じゃわい! まずは湯を沸かし、塩を少々!」
ハッサンさんが実演販売を開始した。
彼の陽気な声が広間に響く。
聴衆たちは、ハッサンの一挙手一投足に注目していた。
ペンネの作り方と食べ方を覚えて帰るつもりなのだろう。
「準備ができたら、ペンネを投入するぞい! たまにかき回してやるのがコツじゃい! あ~それで茹で時間は何分だったかな?」
これは筋書き通りだ。
とぼけた声のハッサンさんに、観客は笑い声をあげる。
「11分ですよ! ハッサンさん!」
僕が控えめに言うと、ハッサンさんは額に手を当てる。
「お~そうじゃったワイ! 11分じゃ11分! さて、その間にソースをつくるぞい!」
サポート役のサイードくんが、横でニンニクの皮をむき始める。
「まあ、ペンネはどう食べても美味しいのじゃが、今回はオリーブオイルと、ニンニク、唐辛子のソースで味をつけるぞい!」
ハッサンは右手にオリーブオイルのビンを持ち、左手に唐辛子を持つと、頭の上にかかげる。
それから、横にいるサイードくんに渡す。
サイードくんは材料を受け取ると、小気味よいリズムで、ニンニクや唐辛子を刻む。
「固めが好きなら、もう取り出して良い! 11分はあくまでも目安! 逆に柔らかいのが好きなら、もうちょっと茹でると良いですぞ!」
茹で始めて11分がたった。
ハッサンがペンネを取っ手付きのザルですくいあげる。
水を切り、皿に盛りつけると、上から刻んだニンニクと唐辛子、そしてオリーブオイルをかける。
「これで完成だワイ! どうですかな? そこのご婦人! 最初の1食ですから、タダにしますぞ?」
ハッサンが、40代ぐらいのご婦人に声をかける。
「えっ? 総督、頂いてもよろしいのですか?」
ご婦人は少し遠慮しているようだ。
右手を口に当てて驚いている。
でもちょっと嬉しそうな声だ。
「構いませんとも! ささ、どうぞ召し上がれ!」
ご婦人がペンネの皿を受け取り、フォークで食べる。
ペンネはホクホクと湯気をたてており、美味しそうだ。
ニンニクと唐辛子の良い香りがあたりに漂う。
ご婦人はペンネをおそるおそる口へ運ぶ。
そして、モグモグと食べたあと、顔が笑顔になる。
「まあっ! なんとも言えないツルツルとした感じがいいですね! ニンニクと唐辛子が効いていて美味しいです!」
ご婦人が食べる様子を見ていた客の一人が声をあげる。
「総督! その、ペンネとやらを、全部売ってくれ!」
一人の男が懐からお金の入っているであろう革袋を握りしめながら、ハッサンに詰め寄る。
「おいっ、お前ずりーぞ!」
「そうだそうだ! ハッサンの実演販売では並ぶのがルールだろうが!」
「それに独り占めは禁止だぞ!」
「ちゃんと並べよ、きたねぇぞ!」
「買うぞ! 買うぞ! 買うぞ!」
観客たちはあっと言う間に列を作る。
列を整理していたのは、銀のロスターム将軍だった。
将軍に逆らう者はなく、ペンネは順調に売れていく。
「いかがですかな? レオン殿、セリウス殿。こうやって売ればいいのです。リヴァンティアでもメルヴの交易語は通じます。やってみればよいでしょう」
ハッサンが僕に小さく語り掛けてきた。
「ええ、とても勉強になりました! 僕もやってみます!」
僕はちょっと興奮していた。
なるほど、これは良い売り方だ。
「おっ、俺も、勉強になりました!」
セリウスくんも、商売に対しては真摯だ。
感激したような声を出す。
ハッサンの店の人たちがペンネを売っているのを見る。
僕とセリウスくんとハッサンは、小さく円を作ると、どれくらいのペンネをメルヴに残し、どれくらい砂漠の国リヴァンティアへ運ぶか相談をする。
(今日はとても勉強になったな……実演販売か……さすがにこれは学校では教えてくれなかったな)
ハッサンと言う男の神髄を見た気がした。
辺りではペンネを購入した客たちの喜ぶ声が響いている。
時刻はちょうど昼。
春の割には強い日差しが、天頂から僕たちを見下ろしているようだった。