魔女伯ルクレツィア
【レオン視点】
『リベルタス歴17年、フェリカ歴136年、3月21日 早朝』
「う~んっ! 朝か!」
僕は目覚めがいい。
昨夜は遅くまで宴会だった。
でも僕って酒が次の日に残らない体質みたい。
逆にお兄ちゃんは、飲んだらだいたい昼近くまで寝てしまう。
(よし、今日もルクレツィアさんの所にいこう)
僕の最近の日課だった。
グラナリア公王ヴィレムの妻である、ルクレツィアさんがオーロラハイドに連れて来られた時はヒドイものだった。
僕を見て『ああ、レオン可愛い』って、ぎゅーっとされたり、ナデナデされまくったからなぁ。
まるでリリーママが一人増えたようだった。
まあ、当のリリーママ本人が「なにこれ面白~い」って笑っていたから良かったけど。
それから、ルクレツィアさんは、城の中庭に作られたお父さんの墓を見て、泣き崩れ、しばらく動こうとしなかったっけ。
僕は毎朝、権能の力が回復すると、真っ先にルクレツィアさんの呪いを解くことにしていた。
いつも、権能を使っていたせいか、能力の扱いにもずいぶんと慣れてきた。
自分で言うのも変かもしれないけど、権能の扱いは上手いつもりだ。
もしかすると、お兄ちゃんやお父さんより上手いかも知れない。
(たぶん、あそこに居るんだろうな)
オーロラハイドの春の朝は、冬の忘れ物と言われる。
朝はまだ寒いからだ。
僕は茶色い毛皮のコートを着て、中庭へと向かった。
お父さんの墓の前にいくと、ルクレツィアさんがいた。
彼女は女性ものの赤いダッフルコートを着ている。
「ゼファー様すみません。私のせいです。なにとぞ天国で安らかに……」
ルクレツィアさんは祈りをささげていたが、僕に気が付くと後ろを振り返る。
吐く息はまだ少し白かった。
「これはレオン様。寒いでしょう? ささ、城の中へ行きましょう」
僕とルクレツィアさんは、自然と並んで歩く。
彼女が借りている客間へ来ると、クッキーを出してくれた。
「ルクレツィアさん。だいぶ普通に戻ったね」
僕はソファーに座ると、クッキーに手を伸ばす。
レーズン入りのクッキーだ。
一枚食べてみたが、焼き加減といい、甘さといい美味しい。
以前聞いたときは、ルクレツィアさんが自分で焼いているという。
彼女は向かいに座った。
僕は彼女の方を見て、呪いを調べる。
『キィィィィィィン……』
僕の右目に、権能の青い光が集まる。
(ごく普通の状態だ。操られている形跡はない。呪いの影響もない。洗脳なし。暗示なし……)
僕は細かくチェックするが、もう、呪いは見当たらない。
権能の光をフッと消した。
「ええ、これもレオン様の温情のおかげです。ありがとうございます」
ルクレツィアさんは頭を下げた。
奇麗な所作だ。
「いいんだ、でもごめんね。今のルクレツィアさんは……」
すでにヴィレム公王には、ルクレツィアさんが元に戻った事は知らせてある。
しかし……
「分かっています。今の私は『人質』なのでしょう?」
ルクレツィアさんは頭を上げると、瞳を伏せる。
「何か不自由があったら僕に言って欲しい。力になるから!」
僕が立ち上がると、彼女も立ち上がる。
それだけ言い残して、部屋から出た。
(さて、ルクレツィアさんの件はこれでいい。あとは、僕がメルヴへ行く旅支度をしなくちゃな……)
昨夜の話では、オーロラハイドを4月1日に出発する予定だった。
ただし、何人がこの話を覚えているかやや不安だったので、後で確認しようと思う。
お兄ちゃんが起きてきたのは、案の定、昼近くになってからだった。




