麦の道
【レオン視点】
皇帝主催の夕食会は、和やかな雰囲気……ではなかった。
全員が黙々と海鮮お好み焼きを食べている。
沈黙を破ったのは、意外にも、ユリアさんだった。
「このお好み焼き美味しいですよね~! グラナリアの小麦はやっぱり良いですね!」
彼女はホクホク顔でお好み焼きを頬張る。
オーロラハイドのゴブリン流で、お箸を使ってたべていた。
「へえ、これグラナリアの小麦なんだ! 確か戦いで征服したんですよね!」
これまた意外にも、ハッサンさんの息子サイードが反応していた。
(もしかして、サイードさんってコミュニケーション能力高いのかな?)
彼は体格が良いためか、すでにおかわりを頼んでいる。
「はぁ、それがですね……実はオーロラハイドで消費する小麦の3年分が倉庫にありまして……はっきり言って過剰在庫です……このままでは虫が湧きます」
セリウスくんがため息をついた。
そう、セリウスくんは別名が『生きる帳簿』と言われている。
シド商会で扱っている商品の、ほぼすべての在庫を記憶していると言われていた。
シド先生が、平民ながらセリウスくんを学校に送ったのは、この才能を見込んでだろう。
「ほほう? 小麦でしたら、メルヴやら砂漠の国へもっていけば、高値で売れますぞ! 何せあそこは畑がありませんからな!」
狐のハッサンさんが食いついてきた。
彼は今ではメルヴ最大の商会を営んでいる。
その情報網は確かだろう。
(う~ん、ここは素直に麦を売ってもらえるようにお願いしたほうがいいんだろうなぁ。でも、お兄ちゃんは、さっき怒ったから言いにくいよね。よし、ここは僕が……)
「ねえ、お兄ちゃん。ハッサンさんとサイードさんに、メルヴや砂漠の国で麦を売れないか頼んでみようよ! サイードくんが総督を継ぐ件も承認していいでしょ?」
皇帝は、箸をおく。
ハーブティーをひとくち飲んでから……
「許す……」
皇帝は発したのは、ひとことだけだったが、ハッサンとサイードは椅子から立ち上がると跪いた。
「このハッサン! ゼファー様に受けた恩を返すために、カイル様に忠誠を誓っておりましたが、改めてカイル様にも忠誠を誓います!」
「こっ、このサイードも、同じく忠誠を誓います!」
二人は、深く頭を垂れた。
その間にも、メイドのフィオナさんが、お好み焼きのおかわりを運んできていた。
「はいはい、そこの跪いている二人、邪魔だから、ちょっとどいてね~」
(あはは、いい意味で空気を読まない女性だな~)
フィオナさんは、テーブルに新しく大きなお好み焼きを置く。
「海鮮が切れてしまったので、オーロラハイド名物の鳥入りのお好み焼きにしてみました~! あと、グラナリアの小麦で作った焼き麺も入っているよ~♪」
彼女は『フフン!』と得意げに説明する。
きっと美味しいのだろう。
「まあ、オーロラハイド流のお好み焼きですわね! さあさあ、ハッサンさんも、サイードさんも、座って食べて食べて!」
ユリアさんが明るく着席を勧める。
「は、はあ、それではいただきます」
ハッサンが恐縮したように席に座る。
「むっ、父上! このオーロラハイド流とかいうお好み焼きもなかなかイケますぞ! 鳥の油がイイ感じです! キャベツもシャキシャキしつつ、しっとりしています!」
サイードさんは、あっという間に席に着くと、早くも食べ始めている。
どこで覚えたのか、お箸の使い方もうまい。
「あっははははは! サイード! お前面白いヤツだな。よし、飲もう! おーい誰かワインも持ってきてくれ!」
皇帝は笑い転げていた。
(お父さんと同じで、お兄ちゃんの笑いのツボもよく分からない時があるんだよなぁ……)
やがて、オーロラハイドの元祖名物であるヤキトリも運ばれてくると、会議という雰囲気ではなくなっていた。
僕もワインを飲んでいると、壁際の席に陣取ったシドさんと目が合った。
シドさんは、黙って僕のグラスにワインを注いでくれる。
(あれ、いまシドさんが笑ったような気がする。気のせいかな?)
当のシドは、無表情のままだった。
その日は、遅くまで宴の声が響いていた。
当分はハッサンがメルヴ総督を続けるが、タイミングを見てサイードに譲って良いことになった。