親として商人として
【レオン視点】
『リベルタス歴17年、フェリカ歴136年、3月20日 夕刻過ぎ』
僕、カイルお兄ちゃん、ユリアさん、セリウスくん、シドさんの5人は、カイルお兄ちゃんの寝室へ向かう。
ここは無駄に広いので、よくプライベートな食事や皇帝と重臣の会議室にも使われていた。
以前はお父さんの部屋だった場所だ。
前は、お兄ちゃんの部屋が近かったので、ユリアさんの夜の『アレ』な声が聞こえていて、僕や妹が睡眠不足だったのでこうなった。
ちなみに、エルフで妹のエリュアは、まだママたちと別の場所で食事をしている。
(うん、エリュアには政治の話はまだちょっと早いかな? でもあと2~3年もすれば、嫌でもやらなきゃいけないだろうけど……)
ママたちは『相談があれば乗るけど、もうカイルが跡を継いだのだから任せるわ』というスタンスだ。
僕たちは皇帝を上座にして席についた。
「お~い、誰かハッサンたちも呼んできてくれないか~?」
お兄ちゃんが声をかけると、メイドの一人が『かしこまりました!』と言って駆けていく。
「お兄ちゃん、ハッサンさん来ているの?」
メルヴ総督のハッサンさんが来ているのは珍しい。
総督として、同都市の全権を握っているのだから、忙しくてなかなか離れられないはずだ。
「実はな、さっき見せた地図は、ハッサンが持って来たんだ」
お兄ちゃんが小声で言う。
(交易路の地図といえば、商売のタネになるものだ。それを公開するってことは……)
「カイル先輩、これは裏がありますね」
今までビクビクしていたセリウスくんが、急に真顔になって発言した。
このセリウスくん。
どうも、商売の話となると、人が変わったようにグイグイ来る。
「セリウス、お前もそう思うか?」
お兄ちゃんも学校で何年もセリウスくんと一緒だったため、特に驚いた様子は無い。
一方のシド先生はと言うと、涼しそうな顔をしてハーブティーを飲んでいた。
(ここは弟子のセリウスくんに任せる感じかな?)
まあ、シドさんが黙っているのは良い事だ。
シドさんが黙っているときは、物事が順調にいっている証拠だと思う。
(シドさんは、物事が行き詰ったときに、そっと意見する人だからなぁ)
僕たちがハーブティーを飲んでいると、太った中年といった感じのハッサンさんと、よく似た小太りの青年が入って来た。
(たぶんハッサンさんの親族かな?)
「いやぁ~みなさん、どうもどうも。メルヴでしがない商人をしている狐のハッサンと申します! こちらは、息子のラクダのサイードです」
「よろしくお願いします!」
ハッサンとサイードは深々と頭を下げた。
だが、腹がちょっと窮屈そうだ。
「ハッサン、挨拶はいい。まずは座れ。あとは任せたぞシド」
皇帝が、シドに話をふる。
恐縮しながら座るハッサンとサイード。
いきなりシドがハッサンへ鋭い視線を送る。
「……フッ、だいたいお前の腹は読めるハッサン。お前も老いたな。大方、そこの息子に総督の座を譲りたいから、手柄として地図を持ってきたのであろう?」
シドさんの圧がすごい。
普段は半開きの目が開いている。
「クハハッ、これはこれは手厳しいですなぁ、シド殿。親心は罪とでもおっしゃるので? 確か貴殿にも息子のライネル殿がおられましたなぁ。この狐のハッサンが後見人になってやっても良いのですぞ?」
(くっ、このハッサンさんはやっぱり心の芯が強い! シドさん相手に一歩も引かないなんて!)
僕らは二人の圧に怯えていたが、さすがお兄ちゃんだけは押されていなかった。
「……それなら不要だ。俺には交易路の守護者がついている。そうだろ、カイル?」
シドさんが皇帝の方を向く。
お兄ちゃんはガチャンとティーカップを乱暴に置いた。
皇帝の横では、ユリアさんが小さく『ひいいっ』と声をあげていた。
「あぁん? テメェら二人で、変なオーラ出しやがってよぉ? ユリアが怯えているじゃねえかよ! ちったぁ自重しろ! ここは俺の部屋だ!」
皇帝が二人を睨むと、二人はスススッと大人しくなった。
「……これは、失礼した」
「ワシも大人気なかったワイ。どうも息子の事となると……」
シドとハッサンが素直に詫びる。
『コンコンコンッ』
ドアがノックされ、メイドがワゴンで夕食を運んできた。
(ナイスタイミング!)
たしかユリアさんの後に、お兄ちゃんの部屋に配属されたメイドさんでフィオナさんだ。
柔らかくも力強い印象があり、若さと上品さが共存している。
「本日のメニューは、海鮮お好み焼きです」
まだ、会議は始まったばかりである。
部屋にお好み焼きの香ばしい匂いが漂ってきた。