グラナリア出征
【カイル視点】
『リベルタス歴16年、フェリカ歴144年 8月10日 朝 ゼファーの没後1か月』
今朝は特別な朝だ。
いよいよ、グラナリアへ遠征する日。
俺は珍しくユリアより早く起きる。
出征に総司令官が遅れては、笑いものにされるだろう。
(ユリア、ちょっと出かけてくるよ)
夏とはいえ、オーロラハイドの朝は冷える。
横で寝ているユリアに、夏用の薄い布団をかけ直す。
ユリアは最近『妃教育』とやらでお疲れの様子だった。
シルクママからは、文字の読み書き計算を。
リリーママからは、剣術と馬術を。
エルミーラママからは、弓を教わっている。
時折、学校へも通っているようだった。
黒い軍服を着ていると、背後からモゾモゾと音がする。
「カイル様、行かれるのですね……」
「ユリア、まだ寝ていていいんだぞ?」
ユリアが背後から抱き着いてきた。
彼女は、そのまま俺の耳元に口を寄せる。
「どうか、ご無事で」
「分かった」
短いやり取りだが、心にしみるものがあった。
俺からも抱きしめたかったが、ここで振り返ると、グラナリア出征への決意が揺らぐような気がした。
「……行ってくる」
それだけ言い残すと、部屋を出た。
何かを感じたのか、ユリアはそれ以上追ってこなかった。
部屋の外では、弟のレオンと妹のエリュアが待っていた。
「お兄ちゃん、ついに行くんだね」
「カイルお兄ちゃん、ま、負けたら許さないんだからねっ!」
弟と妹は、普段着にきがえて、ずっと待っていたようだ。
「レオン、俺に何かあったら、お前が後を継ぐんだぞ……」
俺が弟の肩に手を伸ばそうとすると、『パシン』とレオンが手を合わせてきた。
そのまま二人でガッチリと手を握る。
下からエリュアも手を伸ばしてきて、三人は自然と手を重ねる。
城の出入り口には、すでに指揮官たちが集まっていた。
今回の行軍は、列が長くなるため、前衛・中衛・後衛とそれぞれ指揮官を置いた。
前衛は宰相でもあるバートルが指揮する。
中衛は本陣も兼ねており、指揮は俺ことカイルが執る。
後衛は軍務大臣のヒューゴが指揮することになった。
歩兵隊に守られるように、ロイドの指揮する重装騎兵が進む。
さらにその内側に、シドが指揮をとる補給隊が置かれる。
オーロラハイドの守備は、俺のママたちと、弟のレオンが担当する事になった。
他にはドワーフのトーリン王の指揮する工兵隊と、ゴブリンのグリーングラス王の率いる斥候隊がいる。
俺は、広間に集まった、総勢1万の軍勢を前に叫ぶように声をあげた。
「オヤジは、いや、ゼファー公王はグラナリアに討たれた! この中には親父と酒を飲んだ者もいるだろう! グラナリア公王ヴィレムの首をとりたい! 協力してくれ!」
シドがいつの間にか、俺の横に立っていた。
俺の右手を掴むと、黙って頭の上につきだす。
その瞬間、軍勢から、ワッと声が上がった。
「ゼファー様の仇を!」
「俺はゼファー様と飲んだ事があるんだ!」
「カイル様のために!」
「リベルタス皇帝バンザイ!」
俺たちリベルタス軍は、朝の涼しい時間に、オーロラハイドを進発する。
これから昼にかけて暑くなりそうな晴天であった。
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