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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第二章 交易路の守護者

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別れの宴

【カイル視点】


 俺は、少しだけ緊張しながら、ユリアの小さな手を握って、『輝きのゴブリン亭』の重い扉を開けた。親父が、もういない初めての夜。どんな顔して入ればいいのか、正直よく分からなかった。


 俺たちが来るのを待ちきれなかったのか、店内では、もうすでに盛大な酒盛りが始まっていた。いつもの賑やかな、だけど今日はどこか特別な空気が漂っている。


 カウンター席では、ドワーフ王のトーリンさんと、ゴブリン王のグリーングラスさんが、大きなジョッキで「うぃ~、ヒック」なんて言いながら、豪快にワインをあおっていた。もう出来上がってるな、あの二人。


 その隣では、バーリンくんとグリータちゃん、弟のレオン、妹のエリュアの子供組が、大きなグラスに入った真っ赤なぶどうジュースみてぇなものを、仲良く飲んでいる。


(うん、アレは絶対に色の濃いぶどうジュースだよな。子供は酒飲んじゃダメだからな、うん、そうに違いない、そう信じたいぜ……)


 そして、店の奥の一番目立つ場所に、いつの間にか運び込まれていた、真っ白な大理石で作られた親父(ゼファー)の等身大の石像が置かれていた。それに、シルクママと、リリーママ、エルミーラママ、そしてなぜかアウローラさんまでが、わいわい騒ぎながら抱き着いていた。


「さあさあ、今日は無礼講よ! 遠慮しないで、たくさん飲んでちょうだい!」


 シルクママが、ゼファー像の大きな頭の上から、とくとくと上等そうな赤ワインをかけている。


 石像の頭が、あっという間に綺麗なワイン色に染まった。


「あ~っ! シルクずるーい! アタイだってゼファーにやる~!」


 リリーママは、そう言うと、今度は像の口のあたりに、無理やりワインを流し込もうとしている。


 たぶん、飲ませているつもりなんだろう……


「もう、二人ともはしたないわね! じゃあ、アタシはココにかけちゃうわよ~!」


 エルミーラママは、ケラケラ笑いながら、像の股間のあたりに、持っていたワインをぶっかけた! おいおい!


 それを見たアウローラさんが「やだ~エルミーラさんったら、下品ですわ~」なんて言いながら、大声で笑い声をあげている。


「じゃあ、わたくしもご相伴にあずからせていただきますわね! え~いっ!」


 アウローラさんも、同じように像の股間に、自分のグラスのワインを嬉々としてぶっかけた。


「キャハハハハハ! ゼファーったら、もう~!」


 さらに訳の分からないことで盛り上がる、三人のママと、なぜか混ざってるアウローラさん。自由すぎるだろ、この人たち。


(やれやれ……ママたちは、悲しいんだか楽しいんだか、本当によく分からないな)


 俺は、まだ親父が、この場にいるような、そんな気がしていた。


 きっと、いつものようにトイレから「よぉ、ただいま」とか言って、ひょっこり姿を現すんじゃないかって。


 そんな想像をしていたら、無意識のうちに、隣にいるユリアの小さな手を、ギュッと握りしめてしまっていたらしい。


「あ、あのぅ……カイル様……その……痛いです……」


 ユリアが、遠慮がちに声を出した。


 ハッとして見ると、彼女の小さくて細い手が、少し赤くなっている。


 やべっ、これはちょっと痛かっただろうな。


「あっ! わ、わりぃ、ユリア! つい、力が入っちまったみたいだ。大丈夫か?」


 俺はすぐに謝ると、ユリアの手をそっと離し、今度は優しくエスコートするように引いて、空いていたカウンター席へと並んで座った。


 部屋の隅にある大きな円卓テーブルでは、宰相のバートルさんと、軍務大臣のヒューゴさん、そしてエドワードおじいちゃんが、何やら神妙な顔つきで静かに酒を酌み交わしていた。


 そこへ、俺たちの後ろからついてきていたシドも、黙って腰を下ろした。男四人、なんだか絵面が濃いな。


「シド。カイルとやりあったそうじゃないか?」


 バートルさんが、いつものねっとりとした特徴的な言い方で、シドの方を向いて尋ねた。


 その顔は、少し酒も回っているのか、ほんのりと赤い。


「……ああ。アイツは、もう一人前だ。この俺が、認めた」


 シドは、空いている自分のグラスに手を伸ばしながら、ぶっきらぼうに、だがどこか誇らしげにそう言った。


 それを見て、バートルさんが黙ってシドのグラスに赤ワインを注いだ。


「うおおおぉぉ~、そうか、そうかぁ! ワシのかわいいカイルたんが、一人前の男になったというわけじゃな~! うっ、うっ、うれじいぞぉ~、このじいちゃんは~!」


 ブワーッとエドワードおじいちゃんが、盛大に泣き始めた。


 テーブルの上には、オーロラハイド近海で獲れたという、カレイの煮つけが盛られていた。


 だが、あまり箸は進んでいないようだ。


「うううっ……! こ、このヒューゴも、カイル様の目覚ましい御成長ぶりに、感無量でありますっ!」


(ヒューゴさん、体はムキムキなのに、すぐ泣くんだよなぁ……)


 軍務大臣(ヒューゴ)は、大きな体に見合わずわんわん泣きながらも、燻製ナッツをつまんで、ポリポリと食べていた。泣いてても腹は減るらしい。


 俺の隣で、そんな大人たちの様子をニコニコと見ていたユリアが、そっと囁いた。


「カイル様。なんだか、皆さんとても個性的で、面白い方たちですね」


「ははっ、ユリア、そう思うだろ? みんないい人たちなんだ」


 俺とユリアは、それぞれ赤ワインを頼んだ。


 二人で、初めてワイングラスを合わせると、カチン、と心地よい綺麗な音が店内に響いた。


「あっらぁ~? いつの間にやら、カイルったら、いっちょまえにこんな可愛い彼女さん連れちゃってまぁ~!」


 いつの間にか、ゼファー像に絡んでいたリリーママが、俺たちのテーブルにやってきて、ユリアの肩に馴れ馴れしく手を回すと、からみ始める。


「まあ、本当だわ~! カイルったら、いつの間にそんな色男になったのかしら? 確か、ゼファーがつけてあげた()だったわよねぇ~、うふふ」


 シルクママも、楽しそうにユリアの反対側の肩にそっと手を伸ばす。


「もう、ちょっとぉ~! シルクさんとリリーさんだけズルいじゃないのよ~! アタシだって、お近づきになりたいんだからぁ~!」


 エルミーラママは、そう言うと、ユリアの頭に手を置くと、『わしゃわしゃわしゃ~』と、撫で回し始めた。ユリアの綺麗な金髪が、ぐしゃぐしゃになってるぞ!


「あらあら、ユリア。それで、カイルくんとは、もう夜のオトナの契りは済ませたのかしら?」


 アウローラさんまで、いつの間にか加わってきやがった!


 そうだ、忘れてたけど、ユリアはアウローラさんの神殿で育ったんだったな。絶対、変なこと吹き込まれてるぞ……


「あ、あの……そ、それは……まだ、その……いたしておりません……で、でも、その、カイル様のお部屋に、お、お伺いするお約束は……いたしました……」


 ユリアは、顔を耳まで真っ赤にして、うつむいてしまった。


 その声は、まるで蚊の鳴くような声だったけど、三人のママとアウローラさんには、しっかり聞こえていたようだ。


「なんですってぇ~!? ちょっとぉ~! これは、女だけでじっくりと話す必要があるわね!」


 リリーママが、獲物を見つけた肉食獣みたいな目で、ユリアの肩を掴むと、店の奥にある個室の方へ連れて行く。


「そうよ、そうよ! アナタ今日から私たちの娘ね! 私のことも『シルクママ』って呼びなさいねっ!」


 シルクママも、ニコニコしながら後をついていく。


「ええ、ええ、これはこれは、『夜の作戦会議』を、それはもうゆっくりと、みっちりとする必要がありそうですわね! うふふふふ!」


 エルミーラママも、当然のように、微笑みながらその後を行く。


「うふふ、若いって、本当にいいわねぇ~! なんだか、アタシまでドキドキしてきちゃったわぁ~!」


 アウローラさんは、舌なめずりしながら、ついていった。あの人、絶対何か企んでるだろ。


 俺が一人、カウンター席で呆然としながらワインを飲んでいると、連れて行かれた個室のほうから、「ええっ! ヤダ! そんなことまで!」「ええっ、すごい! 恥ずかしいっ!」なんていう、ユリアの声が、かすかに聞こえてきた。


(……何を吹き込んでいるんだか、ママたちは……。まあ、ユリアが楽しそうなら、いっか)


 俺は、肩をすくめると、一番しんみりとしている、男の大人組のテーブルに混ぜてもらった。


 頃合いを見計らったように、次々と料理が運ばれてくる。


 シェフのゴルゴンさんによると……


「いつものヤキトリだと、ゼファー様も天国で飽きているでしょう。趣向を変えて、新鮮な魚介と、旬の野菜や果物を中心にした、さっぱりとしたコース料理を作ってみたぜ」


 とのことだった。


『アミューズブーシュ(食前のお楽しみ)』

・朝採れキュウリと完熟トマト、そして柚子とミントの冷製ガスパチョ(冷たい野菜スープ)


『前菜』

・オーロラハイド近海産、旬の魚介の刺身三種盛り合わせ 特製柑橘ポン酢と共に。


『スープ』

・じっくり煮込んだ昆布だしと、彩り野菜の滋味深い澄ましスープ。


『魚料理』

・活け締め天然(たい)のふっくら蒸し 香り豊かな柚子生姜ソースを添えて。


『サラダ』

・太陽をたっぷり浴びたグレープフルーツと、朝採れ枝豆のフレッシュサラダ 自家製はちみつレモンドレッシングで。


『メインディッシュ』

・特大グリルエビと、オーロラハイド産季節野菜のハーブソテー 特製バルサミコソース。


『デザート』

・完熟フレッシュフルーツの豪華盛り合わせ & 柚子を添えて。


・そして仕上げは、香り高いオーロラハイド特産のハーブティー、または、キリリと冷えた自家製柚子ドリンク。


 親父との、本当の最後の別れとなるこのコース料理は、どれも素材の味を活かした、優しくて、そして少しだけ切ない味がした。


 みんなで、それぞれの想いを胸に、食後の温かいハーブティーを静かに飲む。


「……おい、カイル。グラナリアを攻めるのか? やるなら協力するぞ?」


 食後の静寂を破ったのは、意外にもシドだった。いつになく真剣な目で、聞いてきた。


 その瞬間、さっきまでの和やかな宴の雰囲気が嘘のように、とつぜん店内が水を打ったようにシンと静まり返った。皆の視線が、俺に集まる。


「……ああ、当然だ。親父の仇は、この俺が必ず討つ。明日から、全軍出兵の準備を命じる! メルヴ総督の『砂漠の狐』ハッサンにも、兵力と資金を出させろ! 総指揮は、俺が執る! シド、お前には兵站と補給の全権を委ねる。量は、多ければ多いほどいい。手抜かりは許さんぞ!」


「……御意。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」


 シドは、静かに椅子から降りると、俺の前に恭しく片膝をついた。


「ヒューゴ! リベルタス公国の兵力を動員できるように準備を! 頼めるか?」


「はっ! カイル陛下の御心のままに! このヒューゴ、身命を賭して!」


 ヒューゴも、シドにならって力強く片膝をつく。


「トーリン! グリーングラス! エルミーラママ! 各種族の兵も出せ! これは命令だ!」


「ははーっ!」


 ドワーフ、ゴブリン、そしてエルフを代表する三人も、俺の前に膝をついた。


「エドワードおじいちゃんは、申し訳ないが、至急フェリカの王都ヴェリシアへ戻って、守りを固めてほしい。グラナリアの奴らが、何を仕掛けてくるか分からない……もし、万が一のことがあった場合は……フェリカからの援軍も、頼むかもしれない」


「おお、カイル殿! 任せておけ! 君のためならば、喜んで馳せ参じようぞ!」


 エドワード王も、力強く頷きながら、俺の前に片膝をついた。


 いつの間にか、この『輝きのゴブリン亭』にいる全員が、俺に向かって静かに膝をつき、頭を垂れていた。


 レオンやエリュアたち子供たちも、さっきまで騒いでいたママたちも、アウローラさんも、そして、ユリアまでもが……


 俺は、皆の顔を見渡すと、静かに、しかしはっきりと宣言した。


「狙うは、グラナリア公王、赤熊のヴィレムの首だ!」


 店のランプの灯りに、一匹の小さな羽虫が、チリチリと音を立てて近づいていくのが見えた。


 やがて、羽虫は、その身を焦がす炎の中に自ら飛び込み、静かに落ちて行った……


 店の中に置かれた、ワインまみれのゼファー像が、俺たちをじっと見つめているような気がした。


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