別れの宴
【カイル視点】
俺とユリアは手をつないで、輝きのゴブリン亭に入る。
後ろからはシドがついてきた。
待ちきれなかったのか、店内ではすでに酒盛りが始まっていた。
ドワーフのトーリン王と、ゴブリンのグリーングラス王が「う~い」とワインをあおる。
バーリンくん、グリータちゃん、レオン、エリュアの子供組は、ぶどうジュースのようなものを飲んでいる。
(うん、アレはジュースだよな、そう信じたい)
シルクママ、リリーママ、エルミーラママ、アウローラさんは、親父の白い石像に抱き着いていた。
「さあさあ、ゼファーも飲んで~」
シルクママが、ゼファー像の頭からワインをかける。
石像の頭がワイン色に染まった。
「あ~っ、ずるーい、アタイもやる~!」
リリーママは、像の口のあたりにワインを流す。
たぶん、飲ませているつもりなのだろう。
「じゃ、アタシはココよ~!」
エルミーラママは、像の股間のあたりにワインをぶっかける。
それを見たアウローラさんが「やだ~下品~」と笑い声をあげる。
「じゃ私も、え~いっ!」
アウローラさんも、像の股間にワインをかけた。
「キャハハハハ」
さらに盛り上がる三人のママとアウローラさん。
「おい、みんな、よく毎日飲めるよな。まぁ今日はいいけど」
俺は、まだ親父がこの場にいるような気がする。
きっとトイレから「ただいま」とか言って姿を現す。
そんな想像をしていたら、ユリアの手を強く握ってしまった。
「あのぅ、カイル様、痛いですぅ」
ユリアが控えめな声を出した。
小さく細い手だ。
ちょっと痛かっただろう。
「あっ、わりぃ」
俺はすぐに謝ると、ユリアの手を優しく引いて、カウンター席に座った。
部屋の隅にあるテーブルでは、バートルさんと、ヒューゴさんと、おじいちゃんが静かに飲んでいた。
そこへシドも座る。
「シド、カイルとやりあったそうじゃないか?」
バートルは、いつものねっとりした言い方でシドの方を向く。
ちょっと酒も回っているのだろう。
「……ああ、アイツはもう一人前だ。俺が認めた」
シドは空いているグラスに手をのばす。
黙ってバートルがワインを注いだ。
「うう~ワシのカイルたんが、ワシのカイルたんが、男になった~!」
ブワーっとエドワードおじいちゃんが泣く。
テーブルの上には、オーロラハイド産のカレイの煮つけが置いてあった。
ただし、あまり箸は進んでいないようだ。
「ううっ、吾輩も感無量でありますっ!」
(ヒューゴさん、ムキムキなのに、すぐ泣くんだよなぁ……)
軍務大臣は泣きながらも、器用にナッツを食べていた。
「カイル様、なんか面白い人たちですね」
「ユリア、そうだろ? みんないい人たちなんだ」
俺とユリアはワインを頼んだ。
二人でワイングラスを合わせると、カチンと良い音が響く。
「あっるぇ~? いっちょまえに、カイルったら彼女連れてる~!」
リリーママがユリアの肩に手を回すと、からみだす。
「本当だわ~! ゼファーがカイルにつけた娘ね~」
シルクママも、ユリアの肩に手を伸ばす。
「ちょっとぉ~、二人ともズルいじゃない!」
エルミーラママは、ユリアの頭に手を置くと『わしゃわしゃ』と手を動かす。
「あら、ユリア。カイルくんとはもう寝たの?」
アウローラさんまで来た!
そうだ、ユリアはアウローラさんの神殿に居たんだった。
「あっ、あの、まだ……です。でも夜に行く約束はしました」
ユリアは、下を向いて、赤くなる。
蚊の鳴くような声だったが、三人のママとアウローラさんは、しっかり聞いていたようだ。
「ちょっとぉ、女だけで話しましょう!」
リリーママが個室の方へユリアを引きずる。
「そうよ! 今日から私をママって呼びなさい!」
シルクママもついていく。
「ええ、ええ、これはゆっくり話す必要があるわね!」
エルミーラママも当然のように行く。
「うふふ、楽しそう!」
アウローラさんは、なぜか舌なめずりしながらついていった。
俺が一人で黙って飲んでいると、個室のほうから「え! そんなことを!」とか「やだ! すごい!」と言う、ユリアの声が聞こえた。
(何やってるんだか……)
結局、一番しんみりしている、男の大人組のテーブルに混ざって飲むことにした。
そして、料理が運ばれてくる。
シェフのゴルゴンによると、ヤキトリばかりで飽きているだろうから、魚介と野菜と果物中心にコースを作ったそうだ。
『アミューズブーシュ(コースの最初の一品)』
・柚子とミントの冷製ガスパチョ(冷製スープ)
小さなグラスに注いだ、キュウリやトマト、柚子果汁とミントの爽やかなガスパチョで、コース料理全体の期待感をアップ。
『前菜』
・季節の魚介の刺身盛り合わせ
新鮮な魚介(今回はヒラメ、アイナメ、ソイ)を薄切りにし、柑橘ベースのポン酢と大葉でさっぱりと仕上げた一品。
『スープ』
・昆布だしと野菜の澄ましスープ
薄味の昆布だしに、オクラなどの野菜を加えた、心落ち着くスープ。噛むたびに優しい旨味が広がる。
『魚料理』
・蒸し鯛の柚子生姜ソース添え
新鮮な鯛を蒸し、上品な柚子生姜ソースで仕上げた一品。大根の千切りや彩り野菜を添えて、見た目にも美しく。
『サラダ』
・グレープフルーツと枝豆のサラダ
ベビーリーフ、グレープフルーツの爽やかな酸味、夏定番の枝豆などを、はちみつレモンのドレッシングで和えたサラダ。
『メインディッシュ』
・グリルエビと季節野菜のハーブソテー
プリプリのエビと、アスパラガス、ズッキーニ、パプリカなどをオリーブオイルとハーブで軽くソテー。シンプルながらも素材の味が際立つ。
『デザート』
・フレッシュフルーツの盛り合わせ&柚子ソルベ
メロン、ベリー、キウイなどの果物を彩りよく盛り、さっぱりとした柚子で締めくくり。
・仕上げは、軽いハーブティーまたは冷たい柚子ドリンク。
親父との最後の別れのコース料理は、優しい味だった。
みんなで食後のドリンクを飲む。
「……おい、カイル。グラナリアを攻めるのか? 協力するぞ?」
シドが当然のように聞いて来た。
その瞬間、とつぜん店内が静まり返った。
「当然だ、明日から出兵の準備をしろ! メルヴ総督の狐のハッサンには兵も金も出させろ! 総指揮は俺がとる! シド、補給物資の確保をしろ。多ければ多いほどいい」
「……御意」
シドは椅子から降りると膝をつく。
「ヒューゴ、兵を動員する! 頼めるか?」
「ご随意に」
ヒューゴも膝をつく。
「トーリン、グリーングラス、エルミーラママ、各種族の兵も出せ。命令だ」
「ハッ!」
ドワーフ、ゴブリン、エルフを代表する三人も膝をつく。
「エドワードおじいちゃんは、至急フェリカ王都ヴェリシアへ戻ってくれ。グラナリアが何か仕掛けてくるかも知れない。場合によっては援軍も頼む」
「カイルくんのために!」
おじいちゃんも膝をついた。
いつの間にか、全員が俺に向かって膝をつき頭を下げる。
子供たち、ユリア、アウローラさんにママたちもだ。
「狙うはグラナリア公王、ヴィレムの首だ!」
店のランプに羽虫が近づく。
羽虫は、燃えて落ちて行った……
その様子を、ゼファー像がじっと見つめているような気がした。