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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第二章 交易路の守護者

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一人前の条件

【カイル視点】


 どれくらいそうしていただろうか。不意に、顔に冷たいものが当たった。見上げると、鉛色の空から、ポツリ、ポツリと雨が降って来た。


 それは、この季節特有の、生ぬるい、まとわりつくような雨だった。


 俺は、腕の中で少しずつ冷たくなっていく親父の体を、ただただ強く抱きしめていた。温もりが、消えていく。


 やがて雨脚は強くなり、俺の体も、親父の体も、あっという間にずぶ濡れになった。


 頬を伝うこの熱い雫が、降りしきる雨のせいなのか、それとも俺自身の涙のせいなのか、もう分からなくなっていた。


 その時、背後から泥水を跳ね上げる、バシャリという足音が近づいてくるのが聞こえた。


「……いつまでそうしているつもりだ、カイル。ゼファーを連れて帰るぞ……」


 振り返らなくても分かった。シドだ。


 その声は、こんな時でさえ、いつもと変わらない、冷静な声だった。


「なんで……! なんでオマエは、そんなに冷静でいられるんだ! 親父が……親父が死んだんだぞ! 分かってんのかぁぁぁぁ、シドォォォォ!」


 その冷静さが、俺の中で何かのタガを外した。不意に、腹の底からどうしようもない怒りがこみ上げてきた。


 全身の血が沸騰するみてぇに、カッと熱くなる!


「……感傷に浸るのは後にしろ。今は、ゼファーとの別れを済ませ、オーロラ教の作法に則り、火葬の準備をするのが先だ」


 シドの、あまりにも淡々とした声が、俺の神経を逆撫でした。


 俺は、親父の亡骸をそっと地面に横たえると、ゆっくりと立ち上がり、シドへ向かって一歩、強く踏み出した。


 もう、この燃え上がるような怒りは抑えられそうになかった。


「シドォォォォォォォォッ! テメェ、澄ました顔しやがって……! 一発殴らせろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺の突然の剣幕に、シドは一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたが、次の瞬間には、何かを覚悟したように、奥歯をぐっと食いしばった。


『バシィッ!』


 俺の渾身の右ストレートが、シドの左頬を捉えた、まさにその瞬間。まるで空が裂けたかのように、遠くで激しい雷鳴が轟いた。


 殴られたシドは、後ろへ数歩よろめいたが、倒れはしなかった。


「……フッ……。なかなか、いいパンチじゃないか、カイル。まるで、ゼファーだな。……だが、お前も分かっているな? 一発は、一発だ……。今度は、俺の番だ」


 シドは、口の端から血を滲ませながら、不敵に笑った。


「おうっ! 望むところだ! 遠慮はいらねぇ、思いっきり来いやぁーーーーっ!」


 シドは、細身の体には似合わないほど、右の拳を大きく振りかぶった。


 その構えを見て、俺は本能的に悟った。


 こいつ、一切手加減するつもりはねぇぞ!


 鋭い呼気と共に、シドの右フックが、嵐のような速さで俺の顔面に飛んで来る。


 俺は、奥歯をギリギリと食いしばり、雨でぬかるんだ大地を強く踏みしめて、その一撃に備えた。


『ガッ!』


 シドの拳は、俺の左頬にめり込むようにクリーンヒットし、俺の体は、まるで木の葉みたいに軽々と、斜め後ろへと吹き飛ばされた。


(ぐっ……! シドの野郎……強ぇ…………)


 降りしきる雨音と、遠くで鳴り続ける遠雷(えんらい)の音を聞きながら、俺の意識が急速に遠のいていくのを感じた……


 ……どれくらいたったのか。次に気がつくと、俺はいつの間にか自分の部屋のベッドの上に寝かされていた。


「いっ……()っててて……」


 殴られた左頬に手をやると、ジンジンとした熱い痛みが走った。どうやら、何か薬が塗り込まれているらしい。


 スーッとする清涼感のある、いい匂いの薬だ。


「あっ! シド様! カイル様がお目覚めになられましたわ!」


 声のした方を見ると、メイドのユリアちゃんが、小さな薬瓶を手に持って、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


 その大きな瞳は、不安と、それから優しさで潤んでいるように見えた。


 部屋の隅のソファーからは、シドが「こっちへ来い」というように、黙って手招きをしていた。


 よく見ると、シドの左頬も、俺と同じように薬が塗られていて、少しだけ赤く腫れている。俺の一撃も、まんざらじゃなかったってことか。


 いつの間にか、俺は血と泥で汚れた軍服から、清潔なパジャマに着替えさせられていた。ユリアがやってくれたんだろうか。


 俺は、ベッドサイドに置かれていたサンダルを履くと、まだ少しふらつく足取りで、シドが座るソファーの向かい側へと腰を下ろした。


「……フッ、なかなかいいパンチだったぞ、カイル。……今日から、オマエのことを、一人前と認めてやる」


 シドは、相変わらずの無表情のままだ。


(あれっ? なんだか、シドの奴、ほんのちょっとだけ照れてるみてぇだな……。そういえば、昔、親父が言ってたっけか。『シドの本当の気持ちが分かるようになったら、カイルも一人前だ』って……)


「それで、シドさん。……親父は、もう……火葬したのか?」


 俺は、声を震わせながら尋ねた。


「……ああ、シドでいい。皆で別れを告げ、雨が上がったあと、天へと送った……」


 ここオーロラハイドで信仰されているオーロラ教では、亡くなった人が、なるべく早く天国へとたどり着けるように、すぐ火葬にするのが習わしだ。


「……そっか……。じゃあ、今夜の宴は……やるのか?」


「ああ、もちろんだ。みんな『輝きのゴブリン亭』でお前が来るのを待っている。お前も来い、カイル。ゼファーを盛大に送り出してやろう」


 シドが静かに立ち上がったので、俺も頷いて立ち上がった。


 ユリアに手伝ってもらいながら、急いで夏用の白い麻のシャツと、動きやすい紺色のズボンに着替えた。


「カイル様、シド様、いってらっしゃいませ……」


 俺たちが部屋を出ようとすると、ユリアが、健気に微笑んで、小さく手を振って見送ってくれた。


「ああ、そうだ、ユリア。よかったら、君も一緒においで」


「えっ!? わ、わたくしも、ご一緒してよろしいのですか? 親しい方々だけの、お集まりのはずでは……」


 ユリアが、恐縮したようにもじもじしている。


 オーロラ教の死後の宴……


 きっと今頃、天国では、親父が昔のダチとかと集まって、バカ騒ぎしながら大宴会を開いてるはずだ。だから、地上に残った俺たちも、親父に負けないくらい、楽しく飲んで食って、親父を天国へ送り出してやろう……


 今日の宴は、そういう趣旨の宴だ。


 だから、基本的には、本当に親しい間柄のヤツしか呼ばれない。


「ユリア、いいんだよ。……それから、もし……もし、……よかったらでいいんだが、俺の部屋へ来てくれないか? 本当にいつでもいい……」


 親父の最後の言葉が、頭の中でこだまする。


「えっ……!? カ、カイル様……! もしかして、それって……あの……その……!」


 ユリアの顔が、さっきよりもっと、リンゴみたいに真っ赤になった。


 頭からは、今にも湯気が出そうだ。まるで沸騰したヤカンみたいだ。


「……ああ……君を……抱きたい……」


 ユリアの目を真っ直ぐ見る。これが、今の俺にできる、精一杯の誠意だった。


 そんなこんなで、しんみりした気分と、なんだかよく分からないドキドキした気分が入り混じったまま、俺たち三人が城の外へ出る……


 さっきまでの雨が嘘のように、空は綺麗に晴れ渡っている。


 まるで俺たちを見守ってくれているかのような、満天の星空が広がっていた。


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