側仕えリリー
【リリー視点】
私はリリー。かつては騎士の家に生まれ、誇り高き名を持っていたけれど、今はただのリリー。身分は奴隷上がりで、平民ということになるのだろうか。でも、そんなことはどうでもいい。今はオーロラハイド男爵、ゼファー様の側仕えをしているのだから。
朝一番、執務室から声がかかる。
「おい、リリー! 今日の警備隊の給料、受け取ってくれ!」
「はい、かしこまりました」
今日もまた、ゼファー様からのお使いだ。日払いの給料を届けるのは、金遣いの荒い衛兵たちが財布を空にしてしまわないように、という配慮らしい。命懸けの兵士なら、酒や賭け事に走りたくなる気持ちも、少しは分かる。
私は受け取った給料袋を抱え、階段を駆け下り、坂道を抜けて小さな詰所へと向かう。兵士たちが列を作り、受け取った銀貨を大切そうに懐に収めている。彼らの「ありがとう」という声に、私の胸は少しだけ温かくなる。
午後、丘の上に建つ屋敷の中庭で、ゼファー様と二人きりになった。
「リリー、お前はよく働く」
「ありがたいお言葉です」
彼の素顔を間近で見ていると、かつて逃亡奴隷だったとは、とても信じられない。今日は思い切って、過去の話を聞いてみた。
「そういえば、昔のゼファー様は、どのような方だったのですか?」
ゼファー様は一瞬驚いたように目を見開き、それから、ゆっくりと語り始めた。
「俺か? 俺は……逃亡奴隷だったんだ。奴隷商人が殺されてな。捕まっていた奴隷は、みな逃げ出したんだよ」
その口ぶりは、まるで遠い昔のことのように淡々としていた。けれど、私の胸は締めつけられる。
「……そ、そうだったのですか……」
言葉が出ない。彼が今こうして領主の席にいるという奇跡を、改めて噛みしめる。
次の日、私はシド様と一緒に塩田の見学に出かけた。海水を塩田に引き込み、天日で乾燥させる。広大な塩田には、白い塩の結晶がキラキラと輝いていた。
「……見ろ、リリー。これがオーロラハイドの塩田だ」
シド様が、どこか誇らしげに説明してくれる。
「へぇー、すごいですね」
私は、感心して見入ってしまう。
「……まだまだ改良の余地はある。いずれは、このオーロラハイドの塩を、王国中に広める」
シド様の真剣なまなざしに、私は畏敬の念を抱いた。ゼファー様の信頼を一身に受けている男だ。ゼファー様も、満足そうに頷いている。
「ああ、頼んだぞ、シド。オーロラハイドの経済は、お前にかかっている」
「……任せておけ」
シド様は、静かに、しかし力強く応えた。
そこへ、ヒューゴ隊長が現れた。いつものように、立派な口ひげを整えている。
「おや、ゼファー殿とリリー殿。ここが例の塩田ですかな」
「はい、その通りです」
「そうだ、ヒューゴ。オーロラハイドの未来を担う、重要な産業になるだろう」
ゼファー様は自信に満ちた表情で言った。その言葉に、私の胸も高鳴る。
私はリリー。ゼファー様の側仕え。
これでも結構、忙しい毎日を送っている。でも、充実している。
このオーロラハイドで、ゼファー様と共に新しい歴史を刻んでいく。そう思うと、ワクワクしてくる。
私は、オーロラハイドの未来を信じている。
そして、ゼファー様を……。
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