血の模擬戦
【カイル16歳視点 本日誕生日】
『リベルタス歴16年、フェリカ歴144年 7月10日 昼 カイルとゼファーの誕生日』
俺は模擬戦に参加する新兵を引き連れて、三重城壁の南門、通称『トーリン門』へ向かった。
このトーリン門は、ドワーフの王トーリンが自ら現場監督をつとめたことから、そう呼ばれている。
トーリン門は一番外側の外門、真ん中の中門、内側の内門の三重の門だ。
模擬戦では、広い場所が必要だ。
そのため、外門のさらに外側の開けた場所に、エドワード・フェリカ王率いる、100名の兵が整列していた。
全員が訓練用の木剣と皮鎧を身に着けている。
まあ、そこまでは良かったのだが、なぜか味方の新兵の中に、親父と宰相バートルが混ざっていた。
二人とも訓練用の皮鎧を身に着け、木剣を持っていた。
「なあ、オヤジ、寝てたんじゃなかったのかよ? それにバートルさんまで新兵ごっこかよ?」
俺はオヤジとバートルさんをジト目で見る。
正直、この二人は訓練の必要が無いと思うのだが……
「んあ? そりゃオメエ、フェリカのヤツらの実力を見るために決まってるじゃねぇか!」
「はい、私もゼファー様と同意見です。他国の兵と手合わせできる機会はなかなか無いですから」
まあ、二人の言ってる事は理にかなってた。
たまに戦う相手を変えると、訓練でも新しい課題が見つかる。
特に、老いたとは言え、エドワードおじいちゃんは、数々の戦をくぐりぬけて来た猛者だ。
『カイルたん~』とか『カイルきゅん~』と言ってるイメージが強いが、あれでも周辺国からは『剣王』と恐れられている猛者だ。
一方の親父はと言うと『交易路の守護者』という二つ名がある。
親父は恥ずかしがっているが、俺は好きだ。
良い二つ名だと思う。
やがて、エドワードおじいちゃんの前につく。
城外には、見物人たちも多くいた。
どうやら、どちらが勝つかで賭けも行われているらしく、観客も盛り上がっていた。
「ハハハ、おじいちゃん。これじゃ俺たち見世物みたいだな」
「まあ、カイルきゅん、そう言うな。民に娯楽を提供するのも大切だぞ?」
訓練とは言え、軍隊同士の決闘でもある。
俺とエドワードおじいちゃんは、古式にのっとり、お互いの剣を交換する。
「エドワードおじいちゃん、いや、エドワード王。この剣で存分に戦われよ!」
俺が木剣を差し出すと、エドワードおじいちゃんも剣を差し出す。
「貴公こそ、この剣で勇敢に戦うがよかろう! はう~カイルきゅんカッコいい~! いますぐ絵にしたい!」
デレッデレになっているエドワードおじいちちゃんと、剣を交換すると、模擬戦が開始された。
お互い、正面からのぶつかり合いである。
「カイルたん! いざ、尋常に勝負っ!」
「来いっ、おじいちゃんっ!」
当初は激しい打ち合いが行われ、観客たちも大いに盛り上がる。
俺は、自分の最速で剣を突く。
狙うは胴だ。
だが、おじいちゃんは剣先で剣先を巻き上げると、くるっと剣をからめとる。
カラカラッと音を立てて、俺の木剣が地面に転がった。
(くそっ、なんてテクニックだ! これが剣王の実力か!)
俺は地面を転がって、落とした剣をとりながら、おじいちゃんと距離をとる。
「ほうっ、今のはなかなか速かったぞ! 距離を取るのも良い判断だ!」
おじいちゃんが、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
(くそっ、正攻法じゃ無理か! なにか無いか? なにか?)
一方、親父とバートルさんは、敵兵を順調に倒していく。
(うん、俺がおじいちゃんを抑えている間に、二人が敵を片付けてくれれば、この模擬戦、勝てる!)
俺が楽観視していると、何やら周囲の観客が騒ぎ始めた。
『ドドドドドドドド……』
遠くから、馬蹄の響く音がする。
数は数百はいる。
いや、下手をすると1000近い。
真っすぐにこちらへ突っ込んできた。
「第一目標! 公王ゼファー! 第二目標、剣王エドワード! 全軍! この赤熊のヴィレムに続けぇ!」
「応ッ!」
異様に士気の高い騎馬隊は、全員が投げ槍と皮鎧で武装していた。
これはただ事ではないと、観客たちが逃げ惑う。
突撃してくる騎兵たちは、麦畑に鹿毛(体は茶色いが、たてがみや尾などに黒い部分がある馬)の紋章が入った鎧をつけている。
「おい、あれはグラナリアの投槍騎兵隊だ! 俺が殿をつとめる! カイル! エドワード! 逃げろ!」
オヤジはこの場に残るつもりのようだ!
(訓練用の装備だぞ! 無茶だ!)
「なっ、何言ってるんだオヤジ! オヤジこそ逃げろよ!」
だが、親父は木の剣を構えると、その場から動こうとしない。
「おい! 兵ども分かってるな! ここが死に場所だ! バートル、そのボウズを抱えて逃げろやぁ!」
バートルは、俺を無理やり抱えると「皇帝陛下、わがままを言わないでください」と小さく言った。
「逃げるぞカイルくん! すまない、ゼファー殿!」
エドワードおじいちゃんがトーリン門へ走り出す。
「応ッ! いいってことよ! カイルっ、お前はお前の王道を行けーっ!」
権能を使い、俊足で逃げるバートル。
ぐんぐん親父の姿が遠ざかる。
「オヤジっ! オヤジーっ!」
俺は泣き叫んでいた。
『ドドドドドドドド……』
グラナリアの投槍騎馬隊が間もなく親父に接敵する。
「家へ帰りやがれ! 貴族神授領域!」
タイミングを見計らったかのように、親父の体が青白く光る。
「そうだ! 親父の権能なら、敵を家へ帰せる!」
俺は一瞬喜んだが、グラナリア騎兵の先頭が、金色に輝く。
「効かぬわっ! 王権神授領域ッ!」
(あれは! 王の権能だ! まさかグラナリア公王自ら突撃してきたと言うのか!)
双方の権能がぶつかり相殺され、互いに無効化される!
「くたばれっ! ゼファー!」
赤熊のヴィレムが全力で槍を投げる。
「なめるなぁっ!」
オヤジが槍を受け止めるが……
『バキッ!』
訓練用の木剣が折れた。
『ドシュッ!』
そのまま槍が親父の腹を刺し貫く。
舞い上がる血しぶき。
槍に貫かれながら一瞬こちらを見た親父は、うっすらと微笑んでいた……