ライトピンクのバラ
【カイル視点】
『リベルタス歴16年 7月10日 昼前』
(う~ん、ちょっと飲み過ぎたか~?)
俺は額に手を当てる。
コップに水を注ぐと、ぐいっと飲む。
(ふぅ~水がうまい)
パジャマ姿のまま、サンダルを履きベッドを降りると、窓から外を見る。
晴れた良い天気だった。
俺たちのいる、この人間の城は、通称『黒の城』
オーロラハイドで一番の高層建築だ。
その名の通り、黒っぽい石で作られている。
頑強に作られている、ドワーフの石造りの灰色の城。
華麗さ重視の、エルフの白い石を使った城。
防御力のみ重視の、ワナだらけのゴブリンの雑多な石で作られた城。
それぞれの種族の地区は、低めの壁で区切られていた。
万が一、敵が三重城壁を超えてきた場合、市街戦を想定してのものだ。
そして、中央広間では、木札を配っているシド商会の人たちがいた。
シド商会は、単なる商人組織を超えて、半民半官の役人のような仕事もしている。
(まっ、こういうことも、公王になってから分かるようになったんだけどなっ!)
黒の城の前では、人間の年頃の女の子が、同じく人間の男の子に花束を渡しているのが見えた。
二人が何を話しているのかまでは分からなかったが、男の子が照れくさそうに花束を受け取っていた。
おそらく、花の祭りの愛の告白に成功したのだろう。
二人は手をつないで、広間の方へ歩いていった。
(俺も花束ほしいな。だが、相手は一人でいい。一人でいいんだ……)
三人のママに囲まれて、親父が土下座しているのを最近見た事がある。
一体、あれは何だったのだろうか?
親父に聞いても「そのうち分かる」としか言ってなかった。
そういえば、昨夜の宴会は、なぜか親父の隣に、ずっとアウローラさんが居たな。
(怪しい……)
これは息子としてのカンだ!
親父は分かりやすい生格だ。
何か隠し事があっても、三人のママが見逃すわけが無い。
いつもなら、アウローラさんは酔っぱらって、俺に胸をぐいぐい押し付けてくるはずだ。
だが、ゆうべターゲットされていたのはオヤジだった。
(まあ、いっか。そのうち弟か妹が増えるかもな!)
『コンコンコンッ!』
「ユリアです、カイル様、入って良いですか?」
「ああ、起きてるよ。どうぞ」
俺の部屋に、金髪でメイド服姿の少女が入って来た。
この子はユリア。
俺と同じで15歳だ。
公王になってから、オヤジがつけてくれたメイドさんなんだけど……
(オヤジったら、ユリアを好きにしていいぞって言うんだもんな。どんなつもりだよ!)
ユリアは、ライトピンクのバラを一輪持っていた。
「こっ、これをどうぞカイル様! 私のお給金では、これしか買えませんでしたっ!」
ユリアは頭を下げると、俺にライトピンクのバラを差し出す。
「ありがとう、ユリア! 実は花をもらえるか不安だったんだよね! ママたちからもらっても義理みたいなもんだし」
俺は『あっはっは』と声に出して笑った。
「えっと、あの、そのう、カイル様。これ義理じゃないです……」
(えっ、いま何て言った?)
ユリアは顔を真っ赤にしている。
うるんだ瞳をしていた。
彼女の唇が、太陽に照らされて、ピンク色に輝いている。
「ユリア、本気なのか? いいのか? その、もらっても……」
「はい……」
(ふう、とりあえず、落ち着こう)
「ユリア、こっち来て」
俺がソファーに座ると、ユリアは向かい側にちょこんと座る。
彼女はかなり緊張しているのだろうか?
動きがぎこちない。
「いいか、ユリア。俺は、好きになる人は一人でいいと思っている。だから、とりあえずお付き合いする所から始めないか? 最近知り合ったばかりだし……」
ユリアの顔が、少し明るくなった。
「そっ、それは、つまり、私を女にしてくれると言うことですかっ? さっそく湯を浴びてきますっ!」
彼女の声のトーンが上がる。
今にも走り出しそうだ。
「だから、順番を飛ばしすぎなんだよっ!」
そういえば、このユリアはアウローラさんの神殿で育てられたんだった。
なるほど、これはアウローラさんから、変な影響を受けているな。
「つっ、つまりっ! OKということなんですよねっ!」
「わかった、わかった。OKだからOKだから、とりあえず時間をくれっ!」
ユリアは立ち上がると「ふんふんふ~ん♪」と謎の鼻歌を歌いだす。
機嫌良さそうにくるりと一回転する。
ヒラリとスカートがなびく。
「あっ、カイル様。それでですね、午後一番から、フェリカ国との恒例の模擬戦があるそうです! エドワード王が、対戦相手として、カイル様をご指名されているって聞きましたよ!」
「あれ? いつもの祭りなら、オヤジがリベルタス側の指揮官のはずだけど?」
ユリアはふるふると、小さく首をふった。
花をもらったせいか、変に意識してしまう。
こういう小さな仕草も可愛い。
「あっ、えっと、エドワード王は、皇帝陛下と剣を交えてみたいそうです!」
「あ~、おじいちゃんなら、確かに言いそうだな! よし、軍服に着替えるか!」
俺はユリアに手伝ってもらい、黒い軍服に着替える。
着替えると、廊下へ出て、外へ向かう。
後ろをユリアが付き従う。
「うわ~ん! バートルさんの鈍感~っ!」
妹のエリュアが泣きながら廊下を走っていく。
手には花束を持っていた。
受け取ってもらえなかったのだろう。
(あ、これはフラれたな……)
俺は、詳しいことをあえて聞かない事にして、三重城壁の外へ向かった。
(妹よ、男なら他にもいるさ)
たまには兄らしいことをしてやりたい気分になった。
妹のことも気になったが、対戦相手のおじいちゃんの事も気になる。
戦ったことのあるオヤジに聞きたかったが、寝てるだろうからそっとしておくことにした。