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背負うもの

【ゼファー視点】


『リベルタス歴16年 7月9日 夜』


「ふんっ、カイル! 今の俺ならお前より強いかもしれねぇぞ! オマエが学校を卒業してからも、毎日欠かさず剣の稽古を続けてきたんだからな!」


 カウンター席から飛び降りてきたドワーフ王トーリンさんの息子、バーリンくんが、いきなりカイルに喧嘩を吹っかけてきた。なかなか威勢がいいじゃねぇか。


 腰に差した剣を構える真似までしている。やる気満々ってわけか。


「そ、そうよ! アタシだって、カイル先輩が卒業してから、いーっぱい勉強頑張ったんだから! 今は、も~っと点数だって上がったんだからね!」


 ゴブリン王グリーングラスの娘、グリシーちゃんも、負けじとカイルに向かって小さな右の拳をぶんぶんと振り回している。


 あれは、やっつけてやるぞ、って威嚇のつもりなんだろうか? だとしたら、まあ、可愛いもんだが。


「あわあわ……あわあわ……」


 そんな二人の剣幕に、俺の娘でエルフのエリュアは、すっかりあたふたしていた。


 こいつは昔から、どうにもこういう争いごとには向かねぇ、おっとりした性格なんだよな。まあ、そこがまた可愛いんだが。


 一方、喧嘩を売られた当のカイル本人は、腕を組んで黙って二人の言い分を聞いていたが、やがて「ふうっ」と一つ、大きな深呼吸をしやがった。


(おっ、カイルのやつ、思ったより落ち着いてるな。この前まで、ただのガキだったってのによ。少しは公王としての自覚でも出てきたのか? それとも、こいつらにとっちゃ学校の先輩だから、余裕ってか? まっ、どっちでもいいが、見ものだな)


 俺たち親の世代は、子供たちの可愛らしい口ゲンカを、ニヤニヤしながら見守っていた。


 まあ、ガキ同士のレベルの低い言い争いではあるが、こいつらは各種族の王や有力者の子供たちだ。


 ある意味、各種族のメンツをかけた代理戦争みてぇなもんだと言えなくもねぇ。なかなか興味深い見世物だぜ。


 そんな中、親世代で一人だけ本気で慌てていたのは、やっぱりリリーだった。エリュアと一緒になって『あわあわ……あわあわ……』と、どうしていいか分からねぇみてぇだった。本当に優しいヤツだよ、リリーは。


 逆に、エドワードのじいさんだけは、拳を握りしめて「カイルきゅん、負けるでないぞ~! 皇帝の威厳を見せてやるのじゃ~!」なんて、完全にカイルの肩を持って、旗色を鮮明にしていた。じいさん、あんたはどっちの味方なんだか。


 カイルは黙って聞いていたかと思うと、ゴブリンのグリシーちゃんの方をビシッと指さした。


「だいたいよぉ、グリシー! お前が学校の給食残してた時、食ってやったのは、この俺様だったじゃねぇか! あの恩を忘れたとは言わせねぇぜ!」


 それを聞いたグリシーちゃんは、「はっ!」と何かを思い出したような顔になると、短い足をパタパタさせて『トトトトッ』とカイルの方へ駆け寄っていった。


「わ、忘れてなんかないわよ! ちゃーんと覚えてるもん! カイル先輩には、すっごく感謝してたんだから! ……うん、決めた!あたし、今からカイルにつく!」


 おおっと、グリシーちゃん、ここでまさかの電撃移籍だ! さっきまでの反カイル皇帝派(仮)の急先鋒だったバーリンくんをあっさりと裏切り、カイル皇帝派閥に寝返りやがった!


「なっ……! あっ、おい、グリシー! きったねーぞ、お前! さっきまで、カイルのこと『皇帝なんて生意気よね~!』とか、言ってたクセに!」


 裏切られたバーリンくんが、悔しそうに叫ぶ。


 グリシーちゃんは、そんなバーリンくんに向かって、『べ~ろべ~ろ、ばぁ~!』と盛大に舌を出して挑発した。


 ガキだと思ってたが、なかなかどうして、ちょっと可愛いじゃねぇか。


「ふ~んだ! いいでしょ別に! カイル先輩は、昔からアタシにとっても優しかったんだもんね~! それに比べて、バーリンなんか、いっつも授業中にイビキかいて寝てたくせに、偉そうにしないでよね!」


「な、なにを~! うるせぇ! ドワーフの男はなぁ、細かいことなんか気にしねぇんだよ! 剣さえ強けりゃ、それでいいんだよ!」


 売り言葉に買い言葉で、ますますヒートアップしそうなバーリンくんの肩に、父親であるドワーフ王トーリンさんが、ポンと手を置いた。


(おっと、ここで親父のトーリンが出てくるか。バーリンの奴に助け舟でも出すつもりかね? 面白くなってきたぜ)


「はっはっは! まあ待て、バーリンよ。カイル殿に口で勝てぬなら、力で押すのもよかろう。だがな、それだけでは本当の勝負には勝てんぞ。こういう時のために、『魔法の言葉』を教えてやろう」


 トーリンさんは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


 バーリンくんは、怪訝そうな顔で後ろを振り返り、父親のトーリン王の顔を見上げた。


「な、なんだよ、オヤジ。魔法の言葉だぁ? なんか、とっておきの作戦でもあるってのかよ?」


 バーリンくんは、まだ半信半疑のようだ。


 だが、グリシーちゃんに裏切られた今、彼には他に味方がいない。


 まるで藁にもすがるような思いで、父親の顔をじっと見つめている。


 トーリンさんは、わざとらしく咳払いを一つすると、バーリンの耳元で囁いた。


「……いいか、バーリン。『金や鉄の供給を絞るぞ』と言ってやれ……」


 トーリンさんのその言葉を聞いた瞬間、今まで和やかだった店の空気は一変し、その場にいたリベルタス側の者たち……特に、シドちゃんやバートルくんの顔に、ピリリとした緊張が走った。


(あっちゃ~、トーリンのオヤジ、とんでもねぇこと言い出しやがったな。こりゃあ、ただの子供の喧嘩じゃ済まされねぇ、一線を越えちまったぞ……!)


 俺は、思わず頭を抱えて天を仰いだ。冗談のつもりかもしれねぇが、そいつはシャレにならんぞ、トーリン。


 やれやれ、俺がなんとか仲裁に入って場を収めようかと思った、まさにその時だった。先に口を開いたのは、意外にもカイルの方だった。


「へえぇ、トーリンのおっちゃん、そんなこと言うんだな? ドワーフが金や鉄を売ってくれねぇってんなら別にいいぜ。その代わり人間族は、ライ麦の供給をしぼるぜ? ドワーフ族だけで食って生きていけるのかよ?」


 カイルは、さっきまでの子供っぽい表情はどこへやら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、軽い口調でそう挑発しやがった。


 言われたトーリンさんは、カイルと同じようにニヤニヤと笑い返している。だが、周りの空気は、さっきよりもさらに一段と冷え込み、凍りついたかのようだ。


「カ、カイルお兄ちゃん!そ、それはいくらなんでも言い過ぎだよ!確かに、この辺りの主食である麦の生産と流通を、ほとんど握っているのはお父さんたち人間だけど、そんなこと言ったら……!」


 弟のレオンが、慌ててカイルの腕を掴んでいさめる。さすがに、こいつは冷静だな。


 そこへ、いつもの派手な赤いシャツを着た、ゴブリン王のグリーングラスさんも、カウンター席から立ち上がった。


(おっと、ここでゴブリンの親玉、グリーングラスのヤツも参戦か。これは、いよいよ本格的な種族間抗争に発展しちまうかもしれねぇな。面白くなってきたじゃねぇか、おい!)


「ほうほう、さすがはカイル皇帝陛下、なかなか見事な切り返しでございますな。いやはや、その度胸、恐れ入りましたわい。して、ドワーフ族が金や鉄の供給を絞るというのであれば、それは我らゴブリン族にとっても、まさに死活問題! ゴブリンも道具が作れず立ち行かなくなりますからのう。ならば、我がゴブリンの養鶏場も、ニワトリや卵の供給を、これより絞らせていただきましょうかなぁ! ハハハハハハ!」


 グリーングラス王は、腹を抱えて豪快に笑った。


(どこまで冗談か分からねぇけどよ、こいつら、少し本気も混ざってやがるな。特に、目の奥が笑ってねぇ。カイルの奴、とんでもねぇところに火をつけやがったかもしれんぞ……)


 俺は、もうしばらく状況を静観することにした。ここで俺が下手に口を出すと、余計にこじれそうだ。


 この大人たちの、どこまで本気か分からない腹の探り合いで、一番かわいそうなのは、板挟みになった子供世代のバーリンくんとグリシーちゃんだった。


「う、うわぁぁぁん! 麦も食えなくなって、ニワトリも卵も食えなくなるなんて……! そ、そんなの、ひどすぎるよぉ……! だ、だって、金や鉄がなくっちゃ、ドワーフは仕事もできないし、道具も作れないんだ……! う、うう……お、俺のせいだ……オヤジが余計なこと言うから……! カイル、みんな、ご、ごめんよぉぉぉ……」


 さっきまでの威勢はどこへやら、バーリンくんが、わんわん泣き出してしまった。


 それを見たグリシーちゃんも、もらい泣きしたのか、一緒になって大声で泣き出してしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁん! やっぱり、アタシが、カイル先輩のこと、皇帝なんて生意気だ、なんて言ったせいなんだわぁ~! ごめんなさぁい、許してください、カイル先輩~! あ、ち、違うわ、カイル皇帝陛下ぁ~っ!」


 子供二人が本気で泣き出してしまったので、今度は仕掛けた側の皇帝(カイル)の方が、すっかり慌ててしまった。


「わ、悪い、二人とも! 俺が悪かった! ちょっと言い過ぎたよ! な、泣かないでくれよ!」


 カイルは、バーリンくんとグリシーちゃんの頭を、あたふたとしながら優しく抱き寄せ、慰めている。なんだかんだ言って、やっぱりこいつもまだ子供だな。


 その時だった。今まで店の壁に腕を組んで寄りかかり、面白そうにこの騒ぎを眺めていたシドが、ゆらりと影のように動き出し、子供たちのほうへと静かに歩み出た。


「……フッ、良い勉強になったようだな……各種族は、微妙なバランスの上に成り立っている……良い機会だ、学校の授業でじっくりと教えてやろう。……ああ、それから、エルフを怒らせるのも、やめろ。野菜や果物が食べられなくなるぞ……」


 シドは、いつもの氷のように冷たい、感情の読めない口調でそう言ったが……。


(あら~、シドちゃんたら、なんだかんだ言って、すっごく優しいところあるじゃ~ん。ちゃんと、センセイやってるのね! 見直しちゃったぜ!)


 俺は、なんだか嬉しくなっちまって、ニヤニヤしながら、グリーングラス王、トーリン王、そしてシドの肩を、バンバンと力強く叩いて回った。もちろん、泣きじゃくってるバーリンくんとグリシーちゃん、そしてカイルの頭も、わしゃわしゃと撫でてやったぜ。


「まあ、そういうワケだ! ガキども! ケンカするなとは言わねぇが、ちったぁ自分の頭でよーく考えて、それがどういう結果になるか、想像してみるこったな! 分かったか!」


 俺は、場の空気を和ませようと、できるだけ明るい大声を出した。


 俺の言葉に、ゴブリンのグリーングラス王は「ふふふ、ゼファー殿の言う通りですな」と含み笑いをし、ドワーフのトーリン王も「クククク、若い頃は誰でもそんなもんだ」と、喉の奥で低く笑っている。


 ああ、こいつら、やっぱり確信犯だったな。この騒ぎを、自分たちの子供の教育の場として、ちゃっかり利用しやがったな。抜け目がねぇぜ。


 だが、それを今ここで言っても野暮ってもんだ。場も白けちまう。


「おーい! ゴルゴン! 聞こえてるかぁ! 悪いけどよ、ヤキトリを、ここにいる全員が腹いっぱい食えるだけ、全種類持ってきてくれ! あと、エールも一番美味いのを樽ごとだ! 今夜は俺のおごりだ、パーッとやろうぜ!」


 ゴルゴンは、この『輝きのゴブリン亭』の強面のマスター兼、腕利きのシェフだ。


 いや、これだけヤキトリを頼んだんだから、ここは敬意を表して、やっぱり『タイショー』と呼ぶべきか?


 店の奥の方から「あいよ~!」と言う威勢のいい声が聞こえてきた。


 すぐに『ジュウ~ッ』という肉の焼ける音と共に、たまらなく香ばしい、甘辛いタレの匂いが店いっぱいに漂ってくる。


 やがて、山と積まれたヤキトリの大皿が、次から次へと運ばれてくると、さっきまでの険悪なムードはどこへやら、場は一気に賑やかなどんちゃん騒ぎになった。


 うん、やっぱり、どんな種族だろうが、ハラが減ってるとロクなことがねぇもんだな! 美味いもん食って、美味い酒飲んで、楽しくやるのが一番だ!


 カイルの皇帝就任祝いとかなんとか言ってるけどよ、結局のところ、みんなただ飲んで食って、ワイワイ騒ぎたいだけなんだよな。


 この『輝きのゴブリン亭』ってのは、そういう店なんだ。


 出てきたヤキトリのメニューは、確かこんな感じだった(これを夜中に見るヤツは、マジで注意しろよ!腹減るぞ!)


・もも

 しっとりとした旨みとジューシーさが魅力の部位。


・むね

 脂肪分が少なく、あっさりとした味わいが特徴。


・ささみ

 低脂肪で柔らかく、淡白な味が楽しめる部位。


・ねぎま

 鶏ももやむねの肉と、ネギを組み合わせた定番の串。


・せせり

 首周りの肉で、独特の歯ごたえとコクが魅力。


・皮

 焼くことでパリッとした食感になり、脂の旨みを楽しめる。


・砂肝

 カリカリとした食感と、しっかりとした歯ごたえが特徴。


・ハツ

 鶏の心臓部分で、噛むほどに旨みが広がる人気の部位。


・レバー

 独特の濃厚な味わいがあり、ファンも多い部位。


・ぼんじり

 尾の部分で、脂がのっており、しっかりとした風味が楽しめる。


・手羽先

 骨周りの肉と皮が絶妙なバランスで、香ばしく焼き上がる。


・なんこつ(軟骨)

 カリカリとした食感が人気で、歯ごたえを楽しむ一品。


・つくね

 鶏肉を細かく刻んで練り合わせたもので、タレや塩で味付けされる肉団子状の串。


 味付けは、それぞれ絶妙な塩加減の『塩』と、秘伝の甘辛い『タレ』の二種類が用意されている。どっちも甲乙つけがたい美味さだ。


 みんな、夢中でヤキトリに食らいついている。もちろん、俺もだ。


 それでも、時折思い出しては、みんな笑顔で、新しい『カイル皇帝』を好き勝手にイジり倒す。


 特に、エドワードのじいさんやトーリンさん、グリーングラスさんといった大人連中は、酔っ払って良い気分になると、代わる代わるカイルの頭を、まるで孫にするみてぇにぐりぐりと撫でまわしていた。


 シルクやリリー、エルミーラといった女性陣や、レオンやエリュアたち子供たちも、遠慮なくカイルの肩を叩いたり、背中をペタペタ触ったりしている。


「なーんだ、皇帝って言っても、結局は学校の一個先輩のカイル先輩だもんねー!」


 グリシーちゃんの言うことは、ある意味もっともだった。


「そうよ、そうよねー! あたしにとっては、ただのカイルお兄ちゃんだもん!」


 俺の娘のエリュアは、こういうところは本当にブレないな。


 直接戦う力は無くても、こういう精神的な強さってのは、ある意味一番大事なことなのかもしれねぇ。


 そう、いくら『皇帝』なんて大層なもんになったって言っても、こいつはまだまだ、俺の可愛い息子の一人に変わりはねぇんだ。


 そして、釣りの腕を競い合う、良きライバルでもある。まあ、だいたい俺が負けるけどな!


 結局、その日は皆で飲んで食って、歌って踊って、明け方近くまで、文字通りどんちゃん騒ぎが続いたのだった。


 まあ、その中でも一番うるさかったのは、終始「カイルたん、カイルたん、さすが我が孫、すごい~!」と叫び続けていた、エドワードのじいさんだったような気がするがな。


 俺は、宴の途中でとっくに酔いつぶれて寝てしまった、未来の皇帝(カイル)陛下をおんぶしながら、賑やかな『輝きのゴブリン亭』を後にした。


 城へ帰る道すがら、心配した衛兵が「ゼファー様、カイル様をお運びしましょうか?」と声をかけてきたが、今夜ばかりは、この馬鹿息子の重みを、もう少しだけ自分で背負っていたい気分だった。


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「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

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