オーロラハイドの街並み
【ゼファー視点】
『リベルタス歴16年 7月9日 夕刻』
リリーも無事だったし、カイルの奴が『皇帝』になるってことで、今夜は前祝いだ。俺と、ちょっぴり緊張気味のカイルを先頭に、ぞろぞろと大所帯で『輝きのゴブリン亭』へと向かった。
俺たちのすぐ後ろでは、エドワードのじいさんと、俺の愛する妻であり、じいさんの娘でもあるシルクが、何やら楽しそうに話している。
まあ、だいたい「カイルたんは本当に素晴らしい!」「ワシの目に狂いはなかった!」「カイルたんラブ~!」みてぇな感じで、じいさんが一方的に盛り上がってるだけみてぇだが。
カイルの母親であるシルクも、自分の息子が褒められて悪い気はしねぇんだろう、「あらあら、お父様ったら」なんて言いながらも、嬉しそうに相槌を打っている。
うん、シルクの機嫌もすこぶる良さそうだ。それが一番だな。
その後ろでは、次男のレオンと、エルフのエルミーラの娘であるエリュアが、リリーを助けた時のことを興奮気味に話し合っていた。
エリュアが「レオン兄様、本当にすごかったわ! あの時の権能の輝き、アタシ、一生忘れない!」なんて目をキラキラさせてレオンを褒めちぎっているが、当のレオンは「う、うん……でも、もう二度とやりたくないよぉ……」なんて、まだ若干お疲れモードのようだ。無理もねぇか。
そのまた後ろでは、リリーが「本当に、わたしのせいで、みんなに大変な迷惑をかけてしまって……申し訳ありませんでした……」と、洗脳されていたとはいえ、グラナリアのスパイ紛いなことをしちまったのを、気に病んでいる様子だった。
そんなリリーを、女神官アウローラと、エルフの女王エルミーラが、「まあまあ、リリーさん、もう終わったことよ」「そうよ、あなたが悪いわけじゃないんだから、元気出しなさいな」なんて言って、両側から「よしよし」と慰めている。女同士ってのは、こういう時強いよな。
そして、しんがりを務めるのは、商人のシドちゃんと、軍務大臣のヒューゴちゃん、それから宰相のバートルくんの三人組だ。あいつらはあいつらで、もうすぐ開かれるオーロラハイドの収穫祭で配る予定の木札……つまり、タダで美味いモンが食える食券みてぇなもんだが、その枚数をどうするか、真剣に話し合っている。
聞こえてくる話だと、どうやら今年は奮発して、例年の倍、一人に付き二枚ずつ配ることに決まったようだ。こりゃ、祭りも盛り上がりそうだな!
俺たち一行の周囲は、屈強な親衛隊の兵士たちが、抜かりなく警護してくれている。普段は自由気ままな俺だが、さすがにこれだけの家族と、他国の王様まで一緒となると、こういう警備も必要ってもんだ。
その親衛隊の隊長を務めているのは、古参兵の一人、ロイドだ。
あいつとも、長いつきあいになる。
昔、風の平原を探検してた時に、ロイドの奴が腐った水を飲んじまって、腹を壊してぶっ倒れたのは、今でもたまに酒の席でイジられてる、鉄板ネタだ。本人は真っ赤になって否定してるがな。
そんなことを思い出してクツクツ笑っているうちに、俺たちは夕焼けに美しく染まるオーロラハイドの街を歩いていた。
通りに立ち並ぶ建物は、頑丈な石造りの二階建てや三階建てが多く、その壁は夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。活気があって、いい街並みだ。
俺たちは、比較的落ち着いた雰囲気の、通称『人間地区』から、街の中心にある大きな中央広場へと向かう。
中央広場は、もう祭りの準備が始まっているのか、様々な品物を売る露店が所狭しとひしめき合っていて、大勢の人でごった返していた。
その賑やかな露店の間を抜け、俺たちは次に『ゴブリン地区』へと足を踏み入れた。
目指す『輝きのゴブリン亭』は、その名の通りゴブリンたちが経営している店だから、当然このゴブリン地区にある。
この辺りはオーロラハイド随一の飲食街にもなっていて、ゴブリンだけじゃなく、人間、エルフ、ドワーフ、いろんな種族の連中が、酒や美味いものを求めて集まってくる。
俺たちは、道の端で早くも酒盛りを始めて酔っぱらってるエルフや、大声で歌っているドワーフたちを横目に見ながら、少し落ち着いた、高級な店が立ち並ぶ通りへと向かった。
この辺りまで来ると、路上の酔っ払いや騒がしい出店の数もぐっと減り、街の雰囲気も少しだけ落ち着いたものになる。
やがて、目的の『輝きのゴブリン亭』の前に着くと、店の入り口には『本日貸し切り』と書かれた大きな木の立て札が、どんと置かれていた。バートルの仕事は相変わらず早えぇな。
店の周囲は、屈強なゴブリン兵と、頑固そうなドワーフ兵たちが、何人かで見張りを固めている。
この様子だと、おそらく、ドワーフ王のトーリンさんと、ゴブリン王のグリーングラスさんが、すでに先に来て待っているのだろう。律儀なこった。
(今日は、カイルの皇帝即位(仮)祝いだ。細かいことは抜きにして、朝までどんちゃん騒ぎでのんびりやるか。明日はオーロラハイドの祭りだし、昼過ぎまでに起きればいいだろう)
俺は、そんなことを考えながら、ニヤリと口角を上げた。
店の重い扉を開けて中へ入ると、奥の大きなカウンター席に、見慣れたドワーフとゴブリンの背中が四つ並んでいるのが見えた。
案の定、ドワーフ王トーリンさんと、その息子のバーリンくん。
そして、ゴブリン王グリーングラスと、その一人娘のグリータちゃんの四人が、何やら神妙な顔つきで話し合っているところだった。
テーブルの上には、まだ酒も料理も運ばれていないらしく、四人ともただの水を飲んでいた。俺たちが来るのを待っていたのかもしれねぇな。
俺たちの姿に気づくと、親世代であるトーリンさんとグリーングラスさんは、ニカッと笑って「よぉ、ゼファー! 待ってたぜ!」と、親しげに右手を上げて合図してきた。
だが、その隣に座っていた次世代組、バーリンくんとグリータちゃんは、俺の後ろにいるカイルの姿を認めると、途端にキッと険しい目つきになって、カイルを真正面から睨みつけた。おやおや、穏やかじゃねぇな。
「おい、カイル! お前が『皇帝』になるかもしれないって話、聞いたぞ! だがな、俺は絶対にそんなこと認めねぇからな! だいたい、この前の剣の試合だって、俺とお前はほとんど互角ぐらいだったじゃねぇか!」
バーリンくんが、立ち上がってカイルに詰め寄った。
「そ、そうよ! アタシだって認めないんだから! だいたい、学校のテストだって、カイルはアタシより点数悪かったじゃないのよ!」
グリータちゃんも、負けじとプンプン怒りながら言い返す。
若い二人は、揃ってビシッとカイルを指さして、何やら宣戦布告みてぇなことをしている。
その様子を、それぞれの親であるトーリンさんとグリーングラスさんは、カウンター席で酒も飲まずに、「やれやれ、若い連中は元気があっていいのう」とでも言いたげに、困ったような、それでいてどこか楽しそうな顔で肩をすくめていた。こりゃあ、今夜も長くなりそうだぜ。
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