ゼファー思索する
【ゼファー視点 輝きのゴブリン亭へ行く少し前】
「そうか、カイルが自分で皇帝になるって言ったのか……」
「はい、ゼファー様、左様でございます。エドワード王が承認なさいました」
俺はベッドに座りながら、バートルの報告を聞いていた。
カイルがねぇ……
まあでも、俺がなるよりは良かったんじゃないのか?
交渉は息子に任せたのだから、これでいい。
後で褒めてやろう。
バートルが部屋を出て行った。
ベッドに座ったまま物思いにふける。
俺の人生は、どうも、おかしな方向に流れちまったらしい。
メルヴを陥落させてからは、特に加速している気がする。
俺が一部……まあ、具体的には商人や旅人たちから『交易路の守護者』と呼ばれているのは知っていた。
だがなぁ……街道を作って、馬賊やら盗賊を追っ払っていただけだぞ?
だって、道があったほうが便利だろ?
街道をメルヴまでつなげただけだ。
それに捕まえたヤツらは、漏れなく『塩の奴隷』送りにしている。
あとは犯罪者もそうだな。
定期的に売れ残った奴隷も買っている。
まあ、奴隷にもいちおう給料を払っている。
だってカネが無いと困るだろ?
やろうと思えば、給料をためて奴隷から抜け出すこともできた。
自分の奴隷代金を自分で払えばいい。
ところが、奴隷をやめるヤツが、あんま居ないんだよなぁ。
塩の村の住人として、すっかり落ち着いてしまっている。
(もともとは村を発展させるところから始めているし、結果オーライなのか?)
仕事が終わったら酒を飲めるようにしている。
一日の終わりに一杯やるのは、翌日の効率が上がるからな。
ただし、一人に二杯までだぞ?
あと肉も食いたいだろ?
ヤキトリだって食べさせている。
ただし、一人十本までだぞ?
家だって毛布だって与えている。
何せオーロラハイド周辺は寒いからな。
ただし集合住宅だぞ?
ライ麦と野菜はいくらでも食べられるようにした。
奴隷たちが作ってくれる塩のほうが、値段が高いからな。
確実にもうかっている。
俺はただの剣術バカだが、それぐらいは分かる。
細かいところは商人のシドちゃんに任せてあった。
(こうさ、もっとあるだろ? 自分だけの家が欲しいとかさ、出世したいとかさ)
ところが、奴隷たちは今の生活で満足しているようだった。
(サラリーねぇ……たしか給与って意味だったっけか? これじゃ奴隷というか、サラリーマンと言ったところだな)
ここ15年で奴隷同士で結婚するケースも出てきている。
塩の村が故郷という子供たちがいる。
さすがに、子供たちは普通の民として扱ったが、親と同じく塩田で働きたいらしい。
もちろん一部は奴隷から抜け出した者もいる。
だが、やはり塩づくりを続けるか、それに関連した仕事をしていた。
塩の村には、夜の店も作ってあった。
どうも、そこの女性とくっついているらしい。
女神官のアウローラが言っていたからそうだろう。
結婚などは彼女の神殿が仕切っている。
彼女はいちおう、オーロラ教という宗教のリベルタス公国支部の大司祭だ。
(だが、アウローラのヤツ何か隠しているな? 今度、飲みに誘ってみるか。あいつ酒好きだからな)
アウローラ自身は全く怪しい素振りは見せていない。
まあ、強いて言えば男好き。
それも年下好きってぐらいだ。
若ければ若いほどいいらしい。
ウチのカイルも狙われているしな。
(だが、そうじゃねえ、そうじゃねえんだ)
これは親としてのカンだが、カイルのヤツも何か隠しているな?
なんというか、時々アウローラに敬意をはらっているような気がする。
最初は信心深い性格なのかと思った。
だが、カイルはアウローラのだらしなさを知っているはずだ。
なので、おかしい。
(考えすぎか……まあ、そのうち分かるだろ)
『コンコンコンッ』
ドアがノックされる。
「あなた、入るわよ」
妻のシルクの声だ。
「おう、起きてるぜ」
ドアボーイ係でもある、衛兵がドアを開ける。
「シルク、もう着替え終わったのか?」
彼女は外出用の青いドレスを着ていた。
「あなたが最後よ。着替え手伝ってあげるから、早く輝きのゴブリン亭へいきましょう」
「そうだな、わりぃな」
シルクがチョイスしたのは、白いシャツと黒いズボンだ。
シンプルだが、金糸がアクセントになっている。
「よし、行くか! カイルの皇帝即位の前祝いだ!」
俺とシルクは腕を組むと、部屋を出る。
二人で廊下を歩いていると、心が落ち着く。
(悩んでも解決しないことはある。まあ、なるようになるさ)
外は、目に染みるような夕焼けだった。