宰相バートルの目
【宰相バートル35歳視点】
私ことバートルは、不肖の身ながら、リベルタス公国の宰相をしている。
主君であるカイル様に仕えている。
もちろん以前の主君であるゼファー様にも敬意はあった。
(私は母の死以来、強くなると決めた。強いゼファー様は憧れだった。賢いシドは今でも知的ライバルだ)
だが、そのゼファー様たちが『輝きのゴブリン亭の密約』により、カイル様を公王としたのだから、文句はない。
カイル様の才はゼファー様に似ていて、軍事的才能に寄っている。
逆に弟君であるレオン様は、頭脳労働タイプだ。
いや、戦略や戦術を考えるという意味では、カイル様も頭が良いのだ。
だが、書類仕事の才を見る限りでは、レオン様の方が上と見ている。
もっとも、書類を見ただけで逃げ出す父王ゼファー様と比べると、どちらも優秀だ。
「どうぞ、エドワード陛下、ワインお注ぎしますね」
「おお、これは気が利く。済まないな宰相殿」
私はフェリカ国王のエドワード様を、会議室で接待していた。
もちろん、カイル様が戻られるまでの時間稼ぎだ。
「ヒューゴ殿、酒のつまみをお持ちして欲しい。軍務大臣に頼む用事ではないが……」
「はっはっは、水臭いですぞバートル殿。少々お待ちを」
私とエドワード陛下だけが、会議室に残された。
「宰相殿、名は確かバートルだったな……」
「はい、バートルと申します」
エドワード陛下は、空いているグラスを取ると、私に差し出す。
そして、ワインを注ぐ。
「バートル殿。貴殿も飲まれるがよかろう。そして頼みがある……」
エドワード陛下は、こっそりと話す。
誰にも聞かれたくないような話なのだろうか?
陛下は、私の両肩を掴むと、前後にグイグイとゆする。
「カイルきゅんを……カイルきゅんを頼むよぉぉぉ~!」
「突然、おじいちゃんらしくなりましたねっ!」
いけない! 思わずツッコんでしまった!
(目上の人、しかも、他国の王に馴れ馴れしかったか?)
「すみませんっ! 失礼でした!」
私はすぐに頭を下げた。
(くっ、私としたことが失言だったか?)
「はっはっは、良い良い。ここにはワシとお主しかおらん。それにカイルを鍛えたと聞く。よくやった」
陛下に両手を握られる。
優しく、そっと触れるような感触がした。
『パタン』と静かに会議室のドアが開く。
「陛下、バートル殿、つまみをお持ちしましたぞ! 甘めから塩辛いものまでありますぞ! お好みでどうぞ!」
ヒューゴがワゴンを押して入ってきた。
彼はさっそくつまみを並べだす。
・各種チーズの盛り合わせ
エレガントな装飾が施されたプレートに、熟成チェダー、ブリー、ブルーチーズなどが並ぶ。
・生ハムとフルーツ
薄切りの生ハムと、イチジクやメロンを組み合わせた一口サイズの品。甘みと塩味のバランスが楽しめる。
・漬物
ピクルスやローストパプリカなど、ハーブとオリーブオイルで味付けされた爽やかな漬物類。
・ナッツ類
アーモンドやクルミ、ピスタチオなどをハーブと軽くローストし、少しの蜂蜜やスパイスで仕上げたおつまみ。香ばしさと甘みが魅力。
・ミニサラミとクラッカー
薄切りのサラミを小さなクラッカーとともに。肉の旨味とサクサクのクラッカーがワインとのペアリングに最適。
・スモークサーモンのカナッペ
スモークサーモンを小さなパンやクラッカーにのせ、クリームチーズをアクセントにしたもの。海の香りが感じられる一品。
三人が、それぞれ好きなつまみに手をつける。
「ほう、このスモークサーモンは良いな。なにせ王都のヴェリシアは海が遠い。オーロラハイドならではの味だな」
エドワード陛下は、スモークサーモンを気に入ったらしい。
私たちしかいないせいか、マナーは気にしていないようだ。
「そうですか? 吾輩は、このメロンとハムが好きですぞ」
ヒューゴは遠慮せずにバクバクと食べている。
こちらは、元々マナーを気にするタイプではない。
「どれも美味しいですが、私はサラミが好きですね」
私は食べても食べても、剣の稽古をすると腹が減る。
二人が遠慮せず食べているので、マナーは気にしないことにした。
(私もヒューゴ殿の事を言ってられないな。これならいくらでも腹に入る!)
三人で、どのつまみが美味いかで盛り上がっていると、廊下を駆ける音が近づいてくる。
足音は二人のようだ。
「まってよ~カイルく~ん」
(この声はアウローラだな? と言うことは、カイル様も戻られたのか?)
「カイルです、入ります」
ガチャリとドアを開けてカイル様が入って来た。
彼は真顔で、甘えた感じが抜けていた。
「おお~カイルたん~、待ってたよ~! それでフェリカの王になってくれるのかな~?」
(いかん、エドワード陛下に飲ませすぎたか?)
もともとカイル様のことが好きなうえに、酒まで入っている。
これは止められない。
しかも、からみ酒っぽいな。
私が冷静に分析してしていると、カイル様が頭を下げた。
「俺、皇帝になりたいです! おじいちゃん、そして皆さん、承認してください!」
カイル様の声は真剣だった。
エドワード王が急に立ち上がる。
絵になっているが、スモークサーモンを持ったままので、どこかコミカルだ。
「なるほど、カイルくんが王の上に立てば、ヘンリーが王位から降りなくても良いか……」
エドワード王は、カイルの前に立つと、両肩を叩く。
ポンポンと優しくだが、どこか力強さも感じる叩き方だ。
「見事、これは見事なり! おじいちゃんとしてではなく、フェリカ国王としてカイルくんを皇帝として認めよう! オーロラハイドの祭りを楽しむ余裕ができたな! これは愉快、実に愉快! はっははは!」
またしても、エドワード王の笑いが会議室に響く。
だが、先刻のような皮肉のきいた笑いではなく、どこか爽快な声である。
ヒューゴが思い出したかのように筆記をする音が重なっていた。