ヘンリー・フェリカ王子の華麗なる一日
【ヘンリー・フェリカ王子視点】
俺はヘンリー・フェリカ。
フェリカ王国の王子だ。
王の権能を持っている。
いまは、天蓋つきのキングサイズのベッドに横たわっていた。
朝の陽ざしが部屋に差し込んでいる。
ベッドにはフェリカの紋章であるグリフォンの彫刻と模様が刻まれていた。
天蓋からは、純白のレースのカーテンがかかっている。
ベットは、5人ぐらいでも寝れそうな広さだ。
「ぐすっ……ぐすっ……」
ベッドの隅では、一人のメイドが丸くなってすすり泣いていた。
「うぐっ……うぐ……王子さまヒドいですわ……もうお嫁に行けないです……」
俺はこのメイドを『可愛がって』やった。
「ステラ。王族の情けを与えたのだ、感謝して欲しいぐらいだ」
ステラは右手で涙をぬぐう。
ドシドシという足音が近づき、ノックも無しに寝室のドアが開く。
誰が来たか、だいたい見当はつく。
部屋に2メートルほどの大きな男が、ぬっと入って来た。
「ヘンリー、またメイドをベッドに連れ込んだのか?」
こいつはガウェイン将軍。
親父の側近・腹心・懐刀。
そして、話せるヤツだ。
「ガウェイン、別にいいじゃないか。どうせ俺は王になるんだ」
将軍が、『はあっ』とため息をつく。
ガウェインは小さいころから面倒を見てくれたし、よく遊んでくれた。
俺が気を許せる数少ない人物だ。
ただ、最近ちょっとウザい。
「ヘンリー、そんな事言ってると、別のヤツに王位を取られるぞ?」
ガウェインは、テーブルの上に置いてあるチーズをつまむ。
確かオーロラハイドから入ってきたチーズだ。
だが、オーロラハイドは嫌いだ。
「フンッ! あのカイルとか言うガキの居る国か!」
気に食わない。
単純に気に食わない。
そしてムカつく。
親父は、何かにつけて、俺とカイルを比べる。
(チッ、リベルタス公国のカイルか……)
やれ、カイルは剣が強いだの、やれ、カイルは勉強も頑張っているだの……
毎年オーロラハイドへ行くときは、ウキウキでプレゼントを用意している。
親父は俺を褒める事はしない。
勉強しろだの、武を磨けだのうるさい。
そういうのはガウェインに任せればいいのだ。
親父には、なぜそれが分からない?
「そうですわ、僭越ながら申し上げて良いですか?」
ステラが控えめに言う。
ちょっとおびえている所が、劣情をそそる。
(昨夜もいい声で鳴いたな。たまに可愛がってやろう)
「何だ? 特別に許可してやる」
ステラはこちらをじっと見つめている。
「あの、その、えっと、お孫さんが可愛いのではないでしょうか?」
分かってねえ。
この女、全然わかってねえ。
そういうことじゃねえ。
「うるさいっ! お前はとっとと洗濯場にでも戻れっ!」
「はっ、はいい~っ! 失礼します~!」
ステラは、また泣きそうになる。
裸のままメイド服を抱え、寝室を出て行く。
ガウェインはステラが去るのを目で追っていた。
「あのなぁ、ヘンリー。いくらメイドでもな、主君に正直に意見するヤツは大事にしたほうがいいぞ」
ガウェインはまたチーズへ手を伸ばす。
チーズが美味かったのか、今度は2切れを一度につまむ。
「そういうのはガウェイン。お前がいればいい」
ガウェインはチーズをつまむ手を止めた。
口の中に残っていたチーズを、ごくり飲み込む音が響く。
「ヘンリー。俺ももう年だ。いつまでエドワードやお前の側にいられるか分からない。心配しているんだ」
俺は言い返せなくなる。
確かにそれはそうだ。
順当にいけば、親父やガウェインのほうが先にくたばるだろう。
「それに、カイルはシルクの血を引いている。お前の親戚だぞ? 悪く言うもんじゃねえ」
(ガウェイン、お前もか……お前もカイルとやらの肩を持つのか?)
「ガウェイン黙れっ! そして、出ていけっ!」
ガウェインは何とも言えない表情をしていた。
だが『やれやれ』と小さく言うと背を向ける。
「俺はな、オーロラハイドに行った時にカイルと手合わせしてみた。年の割には強かったぜ。そこいらの兵士よりよっぽどな。じゃあな、また来る」
ガウェインが部屋を出ていくと、今日の当番メイドたちが入ってきた。
メイドたちはぬるいお湯の入った洗面器や、タオルを持っている。
彼女たちは小さく『失礼します』と、俺の顔や体をふく。
別のメイドたちが、ワゴンで朝食を運んできた。
「酒だ! 酒を持ってこい! ただしオーロラハイドのやつはダメだ!」
一人になった部屋で、ベッドに座ったまま窓を眺める。
外は良い天気だ。
きっと今頃、ステラは洗濯をしているのだろう。
メイドが持ってきた酒をあおる。
グラナリアの黒い麦の酒だ。
(ふんっ! グラナリアのような小国なぞ、そのうち征服してくれるわ!)
「ちょっとステラでも、からかいに行くか!」
俺は酒瓶を持ったまま、フラフラと部屋を出る。
城の中庭を、白い蝶が飛んでいるのが見えた。