塩の男爵
【ゼファー視点】
俺はゴブリン軍との戦いの後、村と街を行き来する日々に戻っていた。街の人々は、ゴブリンの脅威から解放されたことに安堵し、俺を英雄として歓迎してくれた。ヒューゴやシドも、俺の活躍を褒め称え、今後の活躍に期待を寄せている。
俺の村は『塩の村』と命名した。いつまでも名もなき村じゃ不便だからな。
最近は売れ残りの奴隷を買っては、塩の村の住人にしていた。全員をリリーのように雇用するわけにもいかなかった。中には犯罪奴隷もいたからた。そういう奴隷は、奴隷のままとさせてもらった。そのあたりは一人一人、面談して決める。
奴隷にも給料は出している。いつか、自分自身を買い戻せるようにと……。
そんなある日、王都から使者が訪れた。
使者は、四十手前ほどの男で、白髪交じりの髪を後ろで一つに束ねている。恰幅は良いが、鍛え上げられた筋肉質の体格をしており、鋭い眼光と、堂々とした立ち振る舞いからは、只者ではない雰囲気が漂っていた。
「ゼファー殿、私はアルフレッド・ルシエント伯爵と申します。国王陛下からの勅命を伝えるために参りました」
ルシエント伯爵と名乗った男は、深々と頭を下げた。
「こっ、これはルシエント閣下っ!」
俺は、緊張しながらも、伯爵の言葉に耳を傾けた。
「ゼファー殿、貴殿は、ゴブリン軍を撃退した功績により、男爵に陞爵されました。おめでとうございます」
「ええっ、よ、良いのですか!?」
伯爵の言葉に、俺は驚きを隠せない。まさか、自分が男爵になるとは……。
「それと同時に、貴殿には、この街の領主としての権利と義務が与えられます」
伯爵は、そう言うと、街の地図を広げた。
「この街は、かつてゴブリンの支配下にありました。そのため、正式な名前がありません。単に『ゴブリンの街』と呼ばれていました」
伯爵は、苦笑いしながら続けた。
「さすがに、そのままでは不便なので、国王陛下は、街の名前を取り消しました。そこで、貴殿には、新しい街の名前を決める権利が与えられます」
俺は、地図を眺めながら考え込んだ。街は、山脈の麓に位置し、遠くには、竜の背のように見える山々が連なっている。
この一帯には、オーロラが天に現れる時、天使が舞い降りるという伝承がある。オーロラを神聖視する、オーロラ教の言い伝えだ。
(オーロラが現れる時、天使が舞い降りる、か……あったな、そんな話……)
「……オーロラハイドは、どうでしょうか?」
俺は、思いついた名前を口にした。
伯爵は、少し考えてから頷いた。
「良い名前ですね。オーロラハイド。オーロラ教にあやかった名前ですかな? それでは、この街は、オーロラハイドと呼ぶことにしましょう」
こうして、街はオーロラハイドと名付けられた。そして、俺は、ゼファー・オーロラハイド男爵となった。
ルシエント伯爵領は、麦や牛の生産が盛んだという。伯爵は、俺に貴族としての心得や、領地経営のノウハウなどを教えてくれた。特に、塩の販売については、力を入れて支援してくれることになった。
「ゼファー男爵。貴殿は塩の専売権を持っておられます。ここオーロラハイドでは、自由に塩を生産することができます。これは、大きな利点となります」
伯爵は、熱心に説明してくれた。
「塩は、生活必需品です。オーロラハイドで生産した塩を、他の都市に輸出すれば、大きな利益を得ることができます。そして、その利益で、オーロラハイドに必要な物資を輸入すれば良いのです」
俺は、伯爵の言葉に深く頷いた。確かに塩は貴重な交易品である。オーロラハイドで塩を作って、食料や資材を手に入れることができれば、領は大きく発展するだろう。
「まるで塩の男爵ですね」
伯爵は、笑顔で言った。
「良い響きですね、塩の男爵。きっと、すぐにその名が広まるでしょう」
俺は少し照れくさかったが、内心では、少しだけ嬉しかった。
(塩の男爵、か)
さっそく、シドにオーロラハイドでの塩の生産と販売を任せることにした。シドは商人だ。きっとうまくやってくれるだろう。
「……ゼファー、安心しろ。必ずオーロラハイドの塩を、この国で一番の商品にする」
シドは、自信満々に宣言した。俺は、シドに期待を寄せ、オーロラハイドの発展を夢見た。
当面は、塩を輸出して、麦を輸入することにした。オーロラハイドの土地は、塩作りには適しているが、農業には向いていない。そのため、食料は他の地域から輸入する必要があるのだ。
「塩と麦の交易ですか。なかなか面白い試みですね」
伯爵は、興味深そうに言った。
「うまくいけば、オーロラハイドは、塩の交易で栄える都市となるでしょう。そして、貴殿は、塩の男爵として、歴史に名を残すことになるかもしれません」
俺は伯爵の言葉に、胸が高鳴る。
(塩の男爵として、歴史に名を残す……)
それは、俺の新たな夢となった。
塩の生産方法について、研究することになった。
(今までは、ただ単に海水を煮詰めただけだったからなぁ。デカい鍋でグツグツ煮込んでいたっけ)
「まずはアイデアを募集しよう!」
俺は、パンパンと頬を叩いて気合を入れた。
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