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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第二章 交易路の守護者

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グラナリアの麦祭り

【赤熊のヴィレム・ディ・スピーガ・グラナリア公王視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月10日 夕刻』


 我、ヴィレム・ディ・スピーガ・グラナリアは、グラナリア公国の主として、寝室の窓から城下の喧騒を眺めていた。黄金色に輝く麦畑が、風にそよぐのが見える。


「うむ、今年も豊作なようで何よりだ」


 城下では、グラナリアの民たちが、年に一度の麦祭りを存分に楽しんでいるようだ。


 窓から遠目にも、広場に集う者たちの顔には笑顔が溢れ、陽気な音楽と香ばしい麦料理の匂いが、ここまで漂ってくるかのようだ。


 皆、実に幸せそうである。


 このグラナリアの麦祭りというのは、収穫されたばかりの新麦を使い、様々な料理をとにかく腹いっぱい食べる、というものだ。


 実に単純で、素朴な祭りである。


 だが、我はこの祭りが、何よりも好きであった。民の笑顔は、我が統治の礎なのだからな。


 まだ若く、血気盛んだった頃には、よく城を抜け出しては、身分を隠して祭りの輪に混ざり、民と共に歌い、踊り、そして腹を満たしたものである。


 我が最愛の妻、ルクレツィアと出会ったのも、この麦祭りであった。彼女の美しさと気高さに、我は一瞬で心を奪われ、激しい恋に落ち、やがて結婚を誓ったのだ。


 背後から、優しい声がかけられた。振り返ると、ルクレツィアが微笑んで立っている。


「ふふ、何をそんなに熱心にご覧になっているの、あなた?」


「ああ、ルクレツィアか。城下の祭りを見ていたのだ。あの頃が懐かしいな、とな」


 彼女との結婚には、家柄の違いから周囲の反対も大きかった。だが、我は意に介さなかった。我が王の権能をもって、ルクレツィアに強大な貴族の権能を与え、その力を内外に示したのだ。


 我が妻の権能は、予想以上に強力で、やがて人々は畏敬の念を込めて、彼女を『魔女伯』と呼ぶようになった。


 それ以降、我らの結婚に異を唱える者はいなくなり、もし居たとしても、我が手で容赦なく粛清してきた。グラナリアの未来のためだ。


 そこへ、小さな影が駆け寄ってきた。我が息子、アーサーだ。今年で五歳になる。


「パパー! 僕も、お祭り行きたーい!」


「そうだな、アーサー。お前がもう少し大きくなったら、必ず一緒に連れて行ってやろう」


 我の言葉に、息子はぱあっと顔を輝かせ、期待に満ち溢れた瞳で我を見上げた。


「やったぁ! 約束だよ、パパ!」


「ああ、グラナリア公王ヴィレムの名において、固く約束する」


 このグラナリア公国は、肥沃な大地に恵まれ、古くから麦の栽培が盛んである。我らの生命線だ。


 少し前までは、沿岸部で海塩の生産も行っていた。だが、あの忌々しいオーロラハイドから、製法を改良したという安価な海塩が大量に入ってくるようになると、我が国の塩の生産者たちは為すすべもなく、次々と廃業に追い込まれていったのだ。


(いまいましいヤツらめ! いつか必ず、この借りは返してやるぞ、リベルタス!)


 今では、麦が我が国の主要な輸出品だ。リベルタスの首都オーロラハイドや、南のフェリカ王国にも輸出している。


 だが、かのオーロラハイドから入ってくる上質な羊毛製品や、目新しい服飾品などがグラナリア国内で人気を博し、その結果、我が国の麦は、連中の言い値で安く買いたたかれる始末よ。


(クソッ! 我一人のことであれば、いくらでも我慢できる! だが、このままではアーサーに豊かなグラナリアを残してやることができぬ! それだけは、断じて許されん!)


 そして、現状をさらに悪化させているのが、リベルタスとフェリカの強固な同盟だ。これが我が国にとって最大の障害となっている。


 だが、黙って見ている我ではない。南のフェリカ王国への調略は、我が妻ルクレツィアの手腕により、着々と成果を上げている。


 エドワード王亡き今、あの愚かな息子ヘンリーでは国はまとめられまい。間もなく、フェリカの大半の貴族が反旗を翻し、王国は内乱状態へと陥るだろう。そうなれば、リベルタスとの同盟も有名無実と化す。


 それだけではない。リベルタスの心臓部、オーロラハイドにも、我らはすでに布石を打ってある。


 我が妻、魔女伯ルクレツィアが、自ら旅人のふりをしてオーロラハイドの土を踏み、機会を窺ったのだ。


 そして、酒場でたまたま見かけたリリーとかいう女……ゼファー公王の側室の一人に、ルクレツィアがその強力な権能を仕掛け、我らの手駒としたのだ!


 敵国の王妃に直接手を下すのは、少々危険な賭けではあったが、この策略は実に見事に成功した。


「ルクレツィア。リベルタスの内情は、引き続き手に取るように分かっているな?」


 我は、傍らで微笑む妻に尋ねた。


「はい、あなた。あちらの様子は、手に取るように分かりますわ。次の密書も、もうじきリリーから届くはずです」


 ルクレツィアは、妖艶な笑みを浮かべて答えた。


 ゼファー公王の寝所にまで出入りする女からの情報は、日に日にその精度を増し、我らにとって非常に価値あるものとなっていた。


 そこへ、料理長とメイドたちが、様々な麦料理を大きな盆に乗せて次々と運んできた。良い匂いだ。


 なにせ、今日は年に一度の麦祭りだ。


 存分に麦を味わい、祝わねばなるまい。


 まずは、定番のパスタからだ。


 シンプルなものから濃厚なものまで、あらゆるソースと絶妙に絡み合う、まさに万能選手よ。


 我も、ルクレツィアも、そしてアーサーも、皆このパスタが大好物なのである。


 卓上には、ニンニクと唐辛子、そして上質なオリーブオイルだけで風味をつけた、シンプルな一皿。


 それから、卵とベーコン、そして熟成チーズをふんだんに使った、濃厚なカルボナーラ。


 新鮮なエビやイカ、ムール貝などの海の幸を、完熟トマトのソースで煮込んだペスカトーレ。


 そして、バターとチーズ、生クリームを贅沢に使った、クリーミーで濃厚なアルフレッドソース。


 ピリリと唐辛子を効かせた、食欲をそそるアラビアータもあった。


 さらに、熱々のラザニアも運ばれてきた。


 何層にも重ねられたパスタ生地の間に、じっくり煮込んだミートソースと滑らかなベシャメルソース、そしてたっぷりのチーズが挟まれ、香ばしく焼き上げられている。


 そして食後には、もちろんグラッパだ。


 ワイン用のブドウの搾りかすから作られる、我が国自慢の蒸留酒。


 豊かな食事の締めくくりに、これをくいっと飲むのが最高なのだ。


「わーい! パパ、ママ! パスタがこんなにいっぱいだー! いただきまーす!」


 アーサーは、目を輝かせてフォークを手に取った。


「うむ、今日は祭りだからな。遠慮はいらん、たくさん食べるんだぞ、アーサー」


 我は、息子の頭を優しく撫でた。


「キャアッ!」


『ガチャン!』


 その時だった。突然、妻のルクレツィアが短い悲鳴を上げ、手にしていたフォークとスプーンを落としたのだ。


「どうした、ルクレツィア!大丈夫か!」


 我は驚いて妻に駆け寄った。


 彼女は両手で頭を押さえており、その美しい顔からは血の気が完全に引いていた。まるで幽霊でも見たかのようだ。


「あ、あなた……わ、わたしの権能が……今、何者かによって破られました……! 間違いありません、オーロラハイドに仕掛けた、あのリリーという女への支配の権能です……!」


 ルクレツィアは、震える声でそう告げた。


「なんだとっ!? リリーへの権能が破られただと? もしや、我らの策がリベルタスに看破されたというのか!」


 ルクレツィアは、力なく、しかしはっきりと頷いた。その額には脂汗が滲んでいる。


「ぐっ……! こうしてはおれんぞ! 策が完全に露見したとなれば、リベルタスと、フェリカまでもが、報復のために我がグラナリアへ攻め込んでくるに違いない!……『北海の狼』ルーロフよ! ルーロフはいるか!」


 我は大声で腹心の将軍を呼んだ。


「はっ、ヴィレム陛下。扉の前におりまする」


 落ち着いた、低い声が応えた。


 扉が静かに開き、巨大な狼の毛皮を頭からすっぽりとかぶった、歴戦の将軍ルーロフが姿を現した。その眼光は、獲物を狙う狼のように鋭い。


「ルーロフよ、聞いた通りだ。どうやら、リベルタスへの策が露見したらしい。ならば、こちらから先手を撃つ! 今すぐ動かせる兵力はどれほどある?」


「はっ。直ちに動かせる兵力は、投槍騎兵が八百騎ほど。今宵、密かに出撃すれば、あるいはオーロラハイドの何らかの祭りの最中を急襲できるやもしれませぬ」


 ルーロフは、その狼の貌の下で、ニイッと口の端を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。戦を好む男よ。


「祭りの最中を、か。それは良いな。よし、直ちに出撃だ! いいか、ルーロフ、絶対に敵に察知されるな。オーロラハイドに着くまで、隠密行動を徹底させろ。そして、この戦の陣頭指揮は、我が自ら執る!」


 突然のことに、息子のアーサーは目をパチクリとさせ、不安そうに我とルクレツィアを見上げている。


(大丈夫だ、アーサー。お前の輝かしい未来は、この父が必ず守り抜いてみせるぞ!)


「ヴィレム陛下、それでしたら、今宵、夜陰に紛れて出撃し、オーロラハイドへは通常の街道ではなく、山間の裏街道をお通りになるのがよろしいかと存じます。敵の警戒も薄く、奇襲の効果も高まりましょう」


 ルーロフ将軍が、狼の毛皮の下で目を光らせながら進言した。


 ルクレツィアは、権能の反動であろうか、苦しげに息をつきながら、テーブルに突っ伏していた。


 リリーを支配していた権能が、よほど強力に打ち破られたのであろう。その消耗は計り知れぬ。


 我は、傍にあった夏用の薄い毛布を手に取り、そっとルクレツィアの肩にかけてやった。


「うむ、分かった、その策、採用しよう。裏街道か……確かに妙案だ。ルーロフ、準備を急がせろ! 狙うは、リベルタス公ゼファーと、フェリカ王エドワードの首、ただ二つ! 奴らの頭さえ取れば、リベルタスもフェリカも、しばらくは身動きが取れまい!」


 我は、傍らに置いてあった、我が力の象徴たる赤熊の毛皮を手に取り、力強く羽織った。


 これは、ただの飾りではない。いかなる皮鎧にも勝る、我が戦装束なのだ。


 そしてその夜、月も隠れた夜陰に乗じて、グラナリアが誇る精鋭、投槍騎兵隊八百騎が、密かに出撃した。


 赤熊の毛皮を纏った我を先頭に、グラナリアの騎兵隊は、オーロラハイドを目指し、険しい山間の裏街道を、音もなく、ひそかに進んでいった。


 すべては、グラナリアの未来のために。


 そして、我が息子アーサーのために。


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