推理
【レオン視点】
『ドンドンドンッ、ドンドンドンッ』
僕はシド先生の店の正門を、一生懸命叩く。
どこかに裏口があったはずだけど、暗くてよく分からない。
頭が真っ白になって、店の正面の門を叩き続けた。
誰も出てこないので焦る。
「開けてよ~シド先生に会わせてよ~!」
やがて、ランプの光が近づいて来る。
「誰だい? こんな夜中に?」
女性の声がする。
この声は聞き覚えがあった。
「エイルさん! 僕ですレオンです! 今すぐシドさんに会わせて下さい! お願いします!」
エイルさんはエルフで、シド先生の奥さんだ。
護衛らしき兵士が二人付き従っている。
彼女はシド先生が仕事で休みの時に、かわりに授業をしていた。
「まあ、レオンくんじゃないの! どうしたの? こんな夜中に?」
月にかかっていた雲が晴れ、お互いの顔が見える。
僕は門を叩きすぎて、手が痛くなっていた。
だが、今はそんなことを気にしていられない。
「シド先生に会わせてください! 今すぐじゃないと、ダメなんです!」
僕は唇をかみしめ、拳を握りしめる。
「そう、きっと大事なことなのね。分かったわ」
エイルさんに家の中へ裏口から入らせてもらった。
シドさんの家の中は思ったより質素だ。
調度品らしいものがほとんど無い。
どちらかと言うと、倉庫に近い印象だ。
やたらと木箱が置かれている。
店の中に入りきらない商品なのだろうか?
「あなた、入るわよ」
「おっ、お邪魔します!」
シド先生の部屋らしき所へ案内される。
正面奥に狭いシングルベッドと机が置かれており、左右の壁が本棚だ。
机の上の壁には、オーロラハイド周辺の地図が貼ってある。
「……どうしたレオン、夜中だぞ?」
シド先生は何か書類を書いていたらしい。
眼鏡を外すと机の上に置く。
椅子から立ち上がるとこちらを向いた。
(シド先生しか相談できる人がいない! お父さんに話すと、きっと笑われる)
「じっ、実はシド先生!」
僕は包み隠さず、全てを話した。
うまく説明できたか分からない。
ところどころ早口になる。
焦りすぎて呂律も回らない。
だけど、シド先生は黙って聞いてくれた。
僕が話し終わると、シド先生は右手の指を二本立てる。
「……二つだ……可能性は二つある……」
シド先生はもともと低い声を、より低くして言った。
「そっ、それはどんな可能性でしょうか! やっぱりリリー母さんは裏切ったのですか?」
シド先生が手を下げる。
「……まず一つはその通りだ。何らかの理由で裏切ってスパイをしている。これは誰でも思いつく……だが、理由が思い浮かばん……」
僕は緊張と恐怖で、ガタガタと震え出した。
足もすくみヒザも力が入らない。
その場にヘタりそうになるのを必死で我慢する。
「じゃ、じゃあ、もう一つは?」
一方、シド先生は冷静だ。
いつもと変わらないように見える。
「……貴族の権能だ……お前やゼファーが持っているような、思考誘導、魅了の類の権能だ……」
僕はちょっとホッとした。
「それなら、母さんを救える!」
やっぱりシド先生に相談して良かった!
母さんに、僕の貴族神授領域をかけてやればいい!
ついに気が抜けて、ヘナヘナと床に座り込んでしまう。
「……ただし、気をつけろ。どんな命令を刷り込まれているか分からん。今すぐゼファーに知らせよう。ヤツとお前の力が必要になるかも知れん。ついてこい」
「はっ、はい、シド先生!」
僕とシド先生は、暗い街の中、城へと向かう。
月は再び雲に隠れてしまった。
すでに酒場も店じまいを終えている。
遠くでネコ同士が喧嘩している声が妙に大きく響いていた。