子供部屋の会議
【リリーの息子、レオンくん14歳視点】
僕はレオン、十四歳。
お父さんはゼファー・リベルタス。リベルタス公国の公王だ。そしてお母さんは、元女騎士のリリー・リベルタスだよ。
今夜、僕はカイルお兄ちゃんの広い寝室にこっそり集まっている。
エルフの妹、エリュアも一緒だ。彼女はエルミーラお母さんの娘で、僕より一つ年下。
目的は、フェリカ王国のエドワードおじいちゃんが、カイルお兄ちゃんの誕生日に持ってきてくれたお菓子の残り。色とりどりの砂糖菓子や、珍しい干し果物がテーブルいっぱいに広げられている。
本当は夜にお菓子なんて食べちゃいけないんだけど、三人だけの秘密のパーティーだ。
うん、きっと誰にもバレていないはず……たぶん。
今日、学校から帰ってきたら、お父さんの寝室にエドワードおじいちゃんが来ていたんだ。
僕もエリュアも、おじいちゃんに「大きくなったねぇ」なんて言いながら、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
そのあと、おじいちゃんの硬い髭で頬ずりもされて、ちょっと痛かったけど嬉しかったな。
カイルお兄ちゃんは、もう十五歳だから「やめろよ、おじいちゃん」なんて照れくさそうにしていたけど、まんざらでもない顔をしていた。
「へえ、すごいねお兄ちゃん。もうすっかり公王として、こんなにたくさんお仕事しているんだ!」
僕は、宰相のバートルさんから特別に借りてきた、お兄ちゃんが決裁したという書類の束を広げていた。本当は子供が見ちゃいけないんだろうけど。
羊皮紙には『最重要機密』なんていう、なんだか物々しい赤い判が押されているものばかりだ。
宰相のバートルさんは、カイルお兄ちゃんにはとっても厳しい。
執務室では、お兄ちゃんがバートルさんにしょっちゅう怒られているのを見かける。
でも、なぜか僕にはすごく優しいんだ。
こうして機密書類を見せて欲しいとお願いすると、「レオン様は将来有望でございますからな。良きに計らいましょう」なんて言って、色々見せてくれる。
(レオン様のほうが頭が良いですねって言われたけど、剣の腕はカイルお兄ちゃんのほうが上じゃないか!)
「ねえ、レオンお兄ちゃん。そんな難しい書類ばっかり見て、面白いの?」
妹のエリュアは、大きな木の棒についた、真っ赤で渦巻模様の大きなキャンディーをペロペロと舐めながら、僕の顔を覗き込んできた。
このエリュアは、僕たち兄妹の中でもちょっと事情が特殊なんだ。
エルフの女王でもあるエルミーラお母さんには、子供はエリュアしかいない。
だから、将来はエリュアがエルフの女王になることが、決まっている。
「カイルお兄ちゃんと、レオンお兄ちゃんも、キャンディー、ペロペロする?」
エリュアは、僕から見ても本当に純真無垢で、悪気がないのがよく分かる。自分の食べかけのキャンディーを、平気で僕たちに差し出してくる。
「ハハッ、エリュア。そういうのはな、好きな人ができてからやるもんだって、親父が言ってたぜ!」
カイルお兄ちゃんが、エリュアをからかうようにニヤニヤしながら言った。
「確かに、それは言えてるかもしれないね」
僕も、お兄ちゃんの言葉に頷いた。どうやら意味を理解したらしく、エリュアの白い頬がほんのり赤くなった。
「ふーんだっ! アタシにだって、ちゃーんと気になる人がいるんですぅ~!」
エリュアのその大胆な発言に、僕とカイルお兄ちゃんは、思わず顔を見合わせた。
「な、なんだよエリュア。だ……誰なんだよ、言ってみろよ」
カイルお兄ちゃんが、少しうろたえたように聞き返す。
「そ、そうだよエリュア。もし結婚したら、僕たちの親戚になるかもしれないんだからさ。ちゃんと言ってよ」
僕も興味津々で促した。
エリュアはプンと頬を膨らませると、両手を腰に当て、まだ小さい胸を精一杯張ってみせた。
「もちろんっ! 宰相の、バートル様よっ! はああ~、バートル様って本当に素敵だわ~! まさに『大人のオトコ』って感じがするのよね~!」
妹は両頬に手を当てると、うっとりとした表情で腰をクネクネさせている。
うん、確かにバートルさんは格好いいし、仕事もできるし、素敵な人だと思う。
でも、バートルさんって、確かもう三十五歳くらいのはずなのに、ずっと独身なんだよなぁ。
もしかしたら、何か過去に辛いことでもあったのかもしれない。昔、お母さんを亡くしたって聞いたことがある。
公務が終わって時間が空いている時でも、いつも一人で黙々と勉強したり、武術の特訓をしたりしている姿を見かける。
「おい、エリュア。腰をくねくねさせるのはやめろよ。気持ち悪いぜ!」
「うん、僕もちょっと思うな……」
どうやら僕とカイルお兄ちゃんは、意見が一致したらしい。
「ふーんだっ! じゃあカイルお兄ちゃんと、レオンお兄ちゃんには好きな人がいるわけぇ? もしいないんだったら、アタシの勝ちってことでいいわよね!」
エリュアが、よく分からない理屈で勝ち誇ろうとしてきた。
妹は一度こうなると頑固だから、ちゃんと答えてあげないと、またヘソを曲げて面倒なことになる。
「俺か? うーん、まだ特にいないけど、もし好きになるなら相手は一人だけがいいって決めてるぜ!」
お兄ちゃんは、なぜか意味不明なガッツポーズをしながら答えた。
「う~ん、それは僕も同意見かなぁ。お父さんみたいに何人も奥さんがいるのは大変そうだし……もし誰かを好きになるなら、ちゃんと一人を大切にしたいな」
僕たちの答えを聞いて、エリュアは小さく「ああ……」と呟いた。
「確かに、お父さんを見てると、お母さんが三人いて本当に大変そうだもんねぇ。毎晩、誰の部屋に行くかで揉めてるみたいだし……」
エリュアが、しみじみと言った。僕たち兄妹は、その言葉に深く、深く頷いた。
「ふああ~」
エリュアが、眠そうに大きなあくびをした。もう夜も遅い。
「じゃあ、お菓子もなくなったことだし、そろそろお開きにするか! 二人とも、自分の部屋に帰る時は、見回りのメイドさんや兵隊さんに見つからないように、こっそり帰るんだぞ! 」
カイルお兄ちゃんが、悪戯っぽく笑いながら言った。
「うん、分かってるよ、お兄ちゃん」
「分かったわ、カイルお兄ちゃん」
僕とエリュアは、カイルお兄ちゃんに手を振って、それぞれの部屋へと戻ることにした。
僕はもう十四歳だから、自分の部屋で一人で寝ている。
小さい頃は、寂しくてリリーお母さんと一緒に寝ていたけど、もうそんなことはない。
でも、お母さんの部屋は僕の部屋のすぐ隣なんだ。だから、何かあってもすぐに駆けつけられる。
自分の部屋に戻る途中、リリーお母さんの部屋の前を通りかかった。足音を忍ばせて、ゆっくりと歩いていると、部屋の中からお母さんの声がかすかに聞こえてきた。
「……グラナリア公王様へ……と。よし、これでいいわね。じゃ、寝るか!」
(グラナリア公王へだって!? どういうことだろう……?)
その瞬間、学校でシド先生が教えてくれた「陰謀論」の授業の内容が、頭の中をよぎった。確か、国家間の情報とか、そういう難しい話だったはずだ。
(まさか……お母さんが、グラナリアと何か良からぬことを企んでいるの……?)
部屋の中では、お母さんがランプの明かりを消し、ベッドへ入る衣擦れの音が聞こえる。
僕は息を殺して、壁に耳を押し当て、中の様子を窺った。
心臓がドキドキして、時間がやけに長く感じられた。
額からは、冷や汗が滲み出てくるのが分かった。
やがて、中から「すー、すー」という、穏やかな寝息が聞こえてきた。
(よし、寝たな)
僕は、音を立てないように慎重に、慎重に、お母さんの部屋の扉をそっと開けた。
薄暗い部屋の中、月明かりに照らされた机の上に、一枚の封筒が置かれているのが見えた。
幸いなことに、封蝋はまだされておらず、手紙は封筒に差し込まれているだけだった。
僕は、震える手でそっと封筒から手紙を取り出した。
羊皮紙が擦れる微かな音が、静まり返った部屋の中で、やけに大きく響いた気がした。
(こっ、これは、やっぱりグラナリア公国宛の密書だ!)
震える手で内容に目を通すと、そこには、今日決まったばかりのリベルタス帝国とフェリカ王国との同盟延長に関する、極秘事項が記されていた。
僕は急いで手紙を封筒に戻し、机の上に元通り置くと、音を立てないように自分の部屋へと駆け戻った。心臓が早鐘のように鳴っていた。
(どうしよう……こんなこと、誰に相談すればいいんだ……カイルお兄ちゃん? いや、お兄ちゃんに話しても笑われる。きっと取り合ってくれない。そうだ! シド先生だ! シド先生なら、なんとかしてくれるはずだ!)
僕はいてもたってもいられなくなり、寝間着のまま、城の門番の静止を振り切って、オーロラハイドの街へと駆け出した。
目指すは、シド先生の商会だ。
石畳の通りはシンと静まり返り、通り沿いの酒場からは、もう酔客の騒がしい声も聞こえてこなかった。
ただ、遠くで犬の遠吠えだけが響いていた。
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