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エドワードの憂鬱

【エドワード・フェリカ国王視点】


 私はエドワード・フェリカ。齢六十近くとなり、この身にはいささか重すぎる王冠を、長年戴いてきた。


 これでもフェリカ王国を、民のためと信じ、長年統治してきたつもりだ。

 家臣たちは、私の言葉にはよく従う。だが、いかんせん、少々自主性に欠けるきらいがあった。


 なんというか、自ら考えて動くという気概に乏しく、指示待ちをしていると言えばよいのか?


 結果として、国家の重要事項に関する相談事は、今は亡き王妃エレオノールと、長年の側近であるガウェイン将軍に頼ることが多かった。彼らがいなければ、この国はどうなっていたことか。


 そのエレオノールも去年、病に倒れ、あっけなく私の傍からいなくなってしまった。今でも、ふとした瞬間に彼女の優しい笑顔が思い出され、胸が締め付けられる。


 側近であり、唯一無二の友人でもあるガウェイン将軍も、近頃はめっきり肩を落とすことが増え、隠しきれない老いを感じているようだ。


(エレオノール……ガウェイン……そして私自身も、いつまでも国を支え続けられるわけではない。次代へ、このフェリカ王国を、より良き形で繋いでいかねばならぬのだ……)


 そんな重い思いを胸に、ゴトゴトと馬車に揺られながら、ようやくリベルタス公国の首都オーロラハイドの近くまで来た。この数日の旅は、私の心労をさらに増すものであった。


 ここは、我が愛娘シルクが嫁ぎ、目に入れても痛くないほど可愛い孫のカイルが暮らす地だ。


 何よりリベルタスは、フェリカ王国にとって重要な同盟国でもある。

 かのゼファー公王は、政治、軍事ともに目覚ましい手腕を発揮し、一代で国を興した傑物だ。かつての無人の辺境が、今や北方の雄としてその名を轟かせている。


 西方の交易都市メルヴをもその版図に加え、活発な交易によって国を富ませていると聞く。


 一部の商人たちの間では、敬意と畏怖を込めて『交易路の守護者』との異名で呼ばれているらしい。


 また、彼の懐刀である商人シドが率いるシド商会は、恐ろしいほどの勢いでその影響力を拡大させている。


 メルヴ、オーロラハイド、旧ルシエント領、そして我がフェリカの首都ヴェリシアにまでその店舗網を広げ、今や北方の流通の大部分を握っていると言っても過言ではない。


 真偽のほどは定かではないが、あの閉鎖的なグラナリア公国にまで、非公式の販路を持っているという噂すらある。


 今回のオーロラハイドへの訪問は、表向きは孫の顔を見に来たという非公式なものだが、真の目的は、ゼファー公王に我が胸の内を素直に打ち明け、この国の未来に関わる悩みを相談したいと思っているのだ。


 そう、他ならぬ、我が息子であり、王の権能を持つはずのヘンリーの事だ。

 ヘンリーは今年で二十歳になるというのに、いまだに王太子としての自覚に乏しく、遊んでばかりいる。


 朝議(ちょうぎ)への出席はまれ、師傅(しふ)の講義からは逃げ出し、武術の稽古に至っては、剣に埃が積もっている始末だ。


 具体的に何をしているかと言えば、目に余るほどの女遊びと酒びたりだ。嘆かわしい。


 まあ、百歩譲って、王家の子孫を残すと言う意味で、女性と関係を持つこと自体を否定はしまい。それは、国の存続と安定のためには、ある意味必要なことでもある。


 だが、節度というものがあるだろう。こともあろうに、城の洗濯係の、まだ年端もいかぬメイドにまで手を出すとは、いかがなものか? 聞くに堪えぬ。


「……ああ、一刻も早く、ヘンリーにはちゃんとした嫁を見繕ってやらねばならんな……」


 その、ヘンリーの嫁探しというのも、今回オーロラハイドまで足を運んだ、もう一つの重要な理由であった。


 まず、リベルタスは確固たる同盟国である。彼の地の有力貴族の娘でも(めと)らせることができれば、ヘンリーの素行も少しは改まるやもしれぬし、何より、次世代における両国の同盟継続にも繋がるだろう。


「だが、いかんせん、あのヘンリーの悪い噂は遠くまで聞こえているとみえて、なかなか良い縁談がないのだ……」


 またもや、知らず知らずのうちに独り言を呟いていた。

 エレオノールを失ってからというもの、こういうことが本当に多くなった。


 馬車の窓から、外をぼうっと眺める。流れる景色は、いつしか見慣れた我が国の風景から、リベルタス領へと変わっていた。


 広大な牧草地が地平線まで続き、羊やヤギたちがのんびりと草を食んでいる。

 ここは確か、風の平原とか呼ばれるようになった土地だったか。


 以前、ゼファー公がこの地を得た頃は、ただの荒れ果てた草原だったはずだが、今では見違えるほど豊かになったものだな。彼の統治の賜物であろう。


 ふと、馬車の周囲に目をやれば、ガウェイン将軍が選抜した屈強な百名の近衛騎兵たちが、変わらず厳重な警備にあたってくれていた。彼らの忠誠心だけが、今の私の慰めかもしれぬ。


「陛下! オーロラハイドの三重城壁が見えてまいりました! 」


 先導していた近衛騎兵の一人が、馬を寄せて報告の声を上げた。その顔には、長旅の終わりを告げる安堵の色が浮かんでいる。


 私は、その報告に高鳴る胸を抑えつつ、ゆっくりと馬車から身を乗り出し、前方にそびえるオーロラハイドの城壁を見やった。


 遠目にも堅固さが伝わってくる、見事な石造りの三重城壁。あれは、かのドワーフの職人たちが、実に十五年もの歳月をかけて建造したものだと聞く。


(ドワーフの建築技術は聞き及んでいたが、これほどとは……大したものだ)


 三重城壁は、外側から内側へ行くほど高く、そして堅固に造られている。


 仮に、多大な犠牲を払って一番外側の城壁を超えたとしても、さらに内側にある、より高い城壁から矢や石の雨が降り注ぐことになるだろう。


 あの絶壁のような壁面を登るのは、至難の技だ。


 かと言って、攻城兵器で打ち壊そうにも、相当な時間がかかることは想像に難くない。鉄壁の守りとは、まさにこのことであろう。


 試しに、頭の中でオーロラハイドを攻略する絵図を思い浮かべてみるが……

 良くて手詰まりの膠着状態、悪ければ多大な損害を出しての敗走という、芳しくない未来しか見えてこない。


 このリベルタスが、そしてあの規格外の義理の息子、ゼファー公王が、敵ではなく味方で本当に良かったと、私は心の底から安堵のため息をついた。


 と、その時、前方の街道から、こちらに向かってくる騎馬の小集団が見えた。

 まだ距離があるが、十騎ほどだろうか?


 彼らは、リベルタス公国の国章である四本の剣をあしらった、見慣れた旗を誇らしげにかかげている。出迎えであろうか。


 その一団の先頭、栗毛の馬に見事な鞍上姿勢で乗った少年が、満面の笑みでこちらに大きく手を振っているのが見えた。


「お~い! エドワードおじいちゃ~ん! 」


 あのはつらつとした声、あの屈託のない笑顔……あれは、あれは、まさしく!

 我が孫、カイル! 私の心の唯一の安らぎ!

 このオーロラハイドへ来た、大きな目的の一つ!


「おお~い、カイルた~ん! よく来てくれたのぉ! 早くこちらへおいで~! おじいちゃんだよ~! 」


 私は、王としての威厳も何もかも忘れ、子供のようにぶんぶんと手を振り返す。


 自分でも、だらしなく頬がゆるみきっているのを感じていた。


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