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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第二章 交易路の守護者

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輝きのゴブリン亭の密約

【カイル視点】


『リベルタス歴16年 6月19日 夕刻・小雨』


 宰相バートルさんの執務室の隅っこ、そこが今の俺の仕事場だ。机の上には、書類の山。外はシトシトと小雨が降り続き、部屋の中まで薄暗い。


 今日は特に忙しく、なかなか仕事の終わりが見えてこない。肝心のバートルさんは、「用事がある」と言って、朝からずっと席を外している。


(ふぅ……こっちは、屋台の新規出店の道路使用許可申請書か。で、こっちは……大道芸人の公園使用許可申請書ね。さすがに書類仕事が多すぎるぜ)


 俺はため息をつきながら、次々と書類に『カイル・リベルタス』と、自分の名前をサインしていく。ほとんどが、こうして自分の名前をサインするだけの単純作業だ。


 例えば、金貨や銀貨の造幣(ぞうへい)許可のような、本当に重要な書類仕事は、任せてもらえない。そういう国家の根幹に関わるような重要な書類の最終決裁は、すべて宰相であるバートルさんが行っている。金貨や銀貨を造幣(ぞうへい)する際には、さらに実質的な財務大臣であるシドさんの承認サインも必要となるし、武器の製造や軍の編成に関する書類には、軍務大臣のヒューゴさんの承認サインが不可欠だ。


 ついでに言うと、シドさんの事をうっかり「財務大臣」なんて呼ぼうものなら、ものすごく不機嫌な顔でこう言われる。


「……俺は商人だ」


 一人でシドさんの口癖を真似てみると、なんだかおかしくて、クスクスと笑いがこみ上げてきた。


(ああ、もうすぐ、年に一度の祭りが近いんだよなぁ……)


 毎年七月十日は、俺の誕生祭と、男女がお互いに花を贈りあう「花の祭り」が同時に開催されることになっている。 ついでに、親父(ゼファー)の誕生日も同じ日ということになっているんだが……


 そして、毎年恒例となっているのが、フェリカ王国との模擬戦だ。あれは、ただの模擬戦というより、もはや軍隊同士のガチの集団演習に近い。いつも親父のゼファーと、フェリカ国王のエドワードおじいちゃんが、何かとんでもないものを賭けて勝負するんだ。確か去年は、エドワードおじいちゃんが最高級の牛百頭で、親父がオーロラハイド産の羊百頭を賭けたんだったか。結局、あの時はどっちも意地になって一歩も引かず、引き分けで終わったんだよなぁ……


(それにしても、親父のやつ、自分の誕生日が分からないからって、俺の誕生日と同じ日ってことにするなんて、いくらなんでも適当すぎるだろ)


 親父はいちおう、今年で四十五歳ということになっている。まあ、見た目もそれぐらいに見えるから、誰も文句は言わないけど。


(そういえば、女神官のアウローラさんが、昔なんか変な事言ってたな。「ゼファー様は、本当はもっとお若いのよ。ただ、苦労なさって老けて見えるだけなの」とか、そんな感じだったか……)


 リベルタス公国の祭りは、年を追うごとにどんどん大規模になっていっている。今年もきっと、すごい盛り上がりになるんだろうな。


 ようやく最後の書類、エルフの花屋さんの新規店舗に対する道路使用許可申請書にサインを終えた。


(ふぅ~、やっと今日の仕事が終わったぁ~!)


 伸びをしながら窓の外を見ると、いつの間にか雨は上がっていたが、空はまだどんよりとした鉛色の雲に覆われている。


(もうとっくに夕方か。腹減ったし、メシでも食べようかな)


 壁にかけてある木札をひっくり返し、『出勤』から『退勤』へと表示を改める。よし、これで今日の公務は終了だ。


 と、その時。『コツコツコツ……』と、足音が廊下から近づいてくるのが聞こえた。そして、執務室の扉が、何の断りもなく『バァン!』と勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、宰相のバートルさんだった。


「カイル、仕事は終わったのか? お前に任せた書類は、かなりの量があったはずだが……」


 バートルさんは、相変わらず厳しい目つきと、冷たい声で俺に尋ねてきた。


「それなら、さっき全部終わらせましたよ。ちょうどこれから、メシでも食べに行こうかと思ってました」


 俺がそう答えると、バートルさんはバサッと黒いマントを翻し、くるりと背中を向けた。


「よろしい。ちょうど皆が集まっている。ついて来い。食事もそこでできる」


「あっ、はい。分かりました」


 俺は、何が何だか分からないまま、バートルさんの後について行った。


 バートルさんに連れられてやって来たのは、ゴブリン地区にある『輝きのゴブリン亭』だった。この店は、あまりの人気で手狭になったため、最近建て直して、新装オープンしたばかりだ。以前よりもずっと大きくて立派な店構えになっていた。


 店の入り口には、鮮やかな文字で『本日貸し切り』と書かれた大きな札がかかっていた。


 中へ入ると、そこにはリベルタス公国でも主要なメンバーが、顔を揃えていた。


 俺の本当のママであるシルクママ。それから、リリーママと、弟のレオン。レオンは今年で十四歳になる。エルフのエルミーラママと、妹のエリュア。エリュアは十三歳だ。


 ドワーフのトーリン王と、その息子のバーリンくん。バーリンくんも十四歳。ゴブリンのグリーングラス王と、その娘のグリシーちゃん。彼女も十四歳だ。


 女神官のアウローラさん。彼女に歳を聞くと、ものすごく怒るから絶対に聞いてはいけない(アウローラさんが時々、天使のような白い羽根を生やすことは、まだみんなにはナイショにしている)


 商人のシドさんと、その息子のライネルくん。ライネルくんはまだ六歳で、とっても小さい。軍務大臣のヒューゴさんと、その連れ合いのエルフの女性との間に生まれた、娘のシルヴィアちゃん。彼女も六歳だ。


 そして最後に、俺の親父であるゼファー・リベルタス公王。


 バートルさんも、空いていた席に腰を下ろした。


「よおっ、カイル! 今日からお前が、このリベルタス公国の新しい公王だ! よろしく頼むぜ!」


 親父が、ワインのなみなみと注がれた大きなグラスを、高々と掲げながら宣言した。


「えっ、えええ! お、俺が公王!?」


 あまりにも突然のことに、俺だけがひどく狼狽していた。


「おう、カイル。お前さん、もう酒が飲める歳になったそうじゃな。ほれ、まずはこの一杯を飲め」


 ドワーフのトーリンおじさんが、大きなグラスを俺の前に置いた。


「おっ、トーリン殿、それはずるいですぞ。カイル様、どれ、私も一杯つがせていただきましょう」


 ゴブリンのグリーングラスさんも、負けじと別のグラスを俺の前に置く。


「では、わたくしはエルフの女王として、この特別な杯を」


 エルミーラママも、美しい装飾が施されたグラスを俺の前に差し出した。


(クソッ! 何が何だか、わけが分かんねぇ! こうなったらヤケだ! 飲んでやる!)


 俺は覚悟を決めると、目の前に置かれた三つのジョッキと杯を一気に飲み干した。すると、店内から「おおーっ!」という、割れんばかりの歓声が上がった。


「ふふふ、誓いの酒も無事に交わしたことですし、これでカイルが全種族の盟主ということで、よろしいかしら?」


 シルクママは、いつものようにニコニコと微笑んでいる。


「あ~あ、カイルが公王かねぇ~。こ~んなに大きくなっちゃって~。アタシも歳をとるわけだわ~」


 リリーママは、どこか感慨深そうに、手にしたワイングラスをゆっくりと傾け、一口飲んだ。


「……カイル、公王就任おめでとう。俺はただの独立した商人に過ぎないが、これからもリベルタス公国の発展のため、協力を約束しよう」


 シドさんが、片手にヤキトリを持ったまま、ボソッと言った。相変わらずカッコつけているけど、その手に握られたヤキトリのせいで、どうにもこうにもキマりきっていない。


「はっはっは、吾輩は最初からカイル様のご就任に賛成しておりましたわい!」


 軍務大臣のヒューゴさんは、相変わらず筋肉ムキムキだ。今日は珍しく、黒い軍服姿でビシッと決めている。


「正直に言えば、カイルはまだまだ未熟なところも多い。だが、これからは宰相として、全力でカイル公王を支えることを約束しよう」


 バートルさんが手伝ってくれるなら、なんだって出来るような気がする。まあ、相変わらず俺を見る視線は厳しいけれど。


「ねえ、カイルくん。公王就任のお祝いに、アタシが初めての相手、してあげよっか?」


 女神官のアウローラさんが、おもむろに胸元のボタンを外し、服をはだけさせながら、俺にむかって妖艶な笑みを浮かべて迫ってくる。豊かな胸がぷるんぷるんと揺れていた。


「それはダメ~っ!」


 シルクママとリリーママとエルミーラママの三人が、完璧なタイミングでハモりながら、アウローラさんの両腕をがっしりと掴み、羽交い絞めにした。


 アウローラさんは口も手でふさがれてしまい、何か言いたそうに「んー! んー!」とモガモガ言っている。


「よっし、それじゃあ、改めて計画を説明するぞ! 今後、段階を踏んでゆっくりと、カイルに公王としての権力を渡していく。そして、数年後には、外国にも正式にカイルの公王就任を伝えるつもりだ。だが、俺たちの中では、今日この瞬間から、カイルがリベルタス公国の公王だ。何か異論や質問のある者はいるか?」


(親父……なんだか、いつになく、嬉しそうだな)


 俺は、目の前で次々と起こる出来事を、少し酒の回った頭で、ぼんやりと見ていた。


「「「「「意義な~し!」」」」」


 その場にいた全員が、声をそろえて言った。反対する者は一人もいないようだ。


「よし、それじゃ決まりだな! 今、この瞬間、ここに輝きのゴブリン亭の密約は成立した! お~い、マスター! ヤキトリの盛り合わせ、特大で追加してくれ~!」


 親父が、店の奥に向かって、ヤキトリの追加注文をする。


 この晩は、本当に明け方近くまで飲まされた。さすがに次の日は昼近くまでぐっすり寝てしまったが、不思議と誰にも怒られない。


 リベルタス公国の新しい公王としての最初の一日は、二日酔いから始まった。


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