表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第二章 交易路の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/171

奴隷たち

【カイル視点】


 翌朝……


 鳥のさえずりよりも早く、俺と親父は目を覚ました。いつも通り、日の出と共に朝稽古をするのが習慣になっているからだ。だが、今日の塩の村はいつもより騒がしい。


「なんだ? 外がやけにやかましいな」


 親父が寝床から身を起こしながら、眉をひそめた。


「そうだな、親父。何かあったのかもしれない」


 俺たちの泊まっている別荘の壁越しにまで、複数の男たちの怒鳴り声や、誰かを制止するような声が聞こえていた。


「……は……放せ……絶対に逃げてやる!」

「……考え直せって! お前のためを思って言ってるんだぞ!」

「……おい、みんな来い! こいつを押さえつけてくれ!」


 なにやら男たちが揉めているような荒々しい声が、だんだんと大きくなってくる。俺と親父は顔を見合わせると、黙って頷き、窓からそっと外の様子を窺った。


「なんだ? あれは……もしかして、奴隷たちが騒いでいるのか?」


 親父が低い声で呟く。窓の外、村の広場らしき場所で、数人の男たちが一人の男を取り押さえているのが見えた。


「オヤジ、行ってみようぜ!」


 俺と親父は、念のため腰に愛用の剣を下げると、騒ぎのする方へと向かった。


 広場に着くと、予想通りの光景が広がっていた。


「このバカ野郎! 逃げてどうするつもりだ!」

「そうだ、そうだ! 恩を仇で返す気か!」


 数人の奴隷の男たちが、地面に押さえつけられた別の奴隷の男を囲んでいた。押さえつけられている男は、必死にもがいている。


「くっ、は、放せ! 俺は自由になるんだ!」


 どうやら、この男が逃げようとして、他の奴隷たちに取り押さえられたらしい。


「おい、新入り! お前、逃げたところで行く場所なんてあるのか?」

「そうだぞ。ここなら、仕事もあって腹一杯食い物も食えるし、夜は暖かい寝床だってあるんだぞ」

「また、山に戻って、盗賊にでもなるつもりか?」

「ったくよォ、何が自由だ、飯も食えねぇ山奥でくたばりてぇのかァ?」


 周りの奴隷たちは、逃げようとした男を諭すように、口々に説得しているようだ。その言葉には、怒りよりも心配の色が濃く滲んでいた。


 その時、誰かが俺たちの存在に気づいた。


「あっ、ゼファー様が来てくださったぞ!」

「本当だ! カイル様もご一緒だ!」


 その声を聞き、広場にいた奴隷たちが一斉にこちらを向いた。そして、次の瞬間には、皆が親父に向かって恭しく跪いていた。中には、両膝をついて深く頭を垂れている者もいる。


「へへーっ!」


「なんだ? 騒がしいと思ったら……逃げようとしたヤツがいたのか?」


 親父は、いつものような軽口は叩かず、少し神妙な声で尋ねた。


「へい、その通りでさぁ、ゼファー様」

「こいつ、まだ新入りでしてね。ここの暮らしの良さが、まだ分からねぇんでさぁ」

「へい、ここは毎日働いていれば、まるで天国だってのに」

「まったくですぜ。塩の村は、俺たちみてぇな者にとっちゃ、本当に良いところです!」


 奴隷たちが、口々に意見を述べ始めた。その言葉からは、今の生活に対する満足感が伝わってくる。


 俺は黙って、事の成り行きを見守る。親父は、この状況をどう収めるつもりだろうか? 宰相のバートルさんは、いつも親父のことを高く評価している。


(俺から見れば、親父はただの親父なんだがなぁ……)


 親父は、剣の腕はそこそこ立つと思う。ただし書類仕事は苦手で、ほとんどをバートルさんに任せている。今日のこの一件で、親父の本当の力と英知とやらを見ることができるかもしれない。


 俺はゴクリと喉を鳴らし、親父の言葉を待った。


「まあ、なんだ、酒でも飲みながらゆっくり話そうじゃねぇか。おーい、誰か悪いけど、酒蔵の鍵を開けてきてくれ!」


「おっ、親父! まだ朝だぞ? いくらなんでも早すぎるって!」


 思わず、親父に大きな声でツッコんでしまった。


 しかし、親父のその一言で、広場の空気は一変した。


「おおっ! ゼファー様のお許しが出たぞ! 酒だ、酒持ってこ~い!」

「わかった~! おい、お前ら、手伝え! 酒樽を運ぶぞ!」

「さすがゼファー様は話が分かるわい!」

「そうだのう! こうでなくっちゃ!」


 奴隷たちは、さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のように、生き生きとした表情で動き始めた。十分もすると、広場には即席の宴会場が出来上がり、酒盛りが始まっていた。


 塩を作る作業は重労働のため、奴隷たちは交代制で働いている。今日は非番だった奴隷たちは、皆こぞって宴に参加し、楽しそうに酒を酌み交わしている。今、塩田で働いている奴隷たちも、仕事が終われば後から合流するのだろう。


 誰かがどこからか火鉢を持ってきた。別の誰かが、干物置き場から大きなホッケを数匹持ってきて、火鉢の上で焼き始める。じきに、香ばしい魚の焼ける匂いが広場に漂い始めた。少し焦げているようだが、ホッケは皮が厚いから問題ないはずだ。


「おい、カイルもこっちへ来て座れよ。一緒に飲もう」


 あまりの急展開に、俺はただ黙って成り行きを見ていたが、親父に声をかけられ、おずおずと輪に加わった。


「だから、まだ朝だってば!」


「へへっ、いいじゃねえか、カイル。今日は特別だ。……そうだ、さっき逃げようとしていたヤツ! お前もこっちへ来て飲め」


 親父は、先ほど取り押さえられていた奴隷の男に、なみなみと酒を注いだ杯を手渡した。男はまだ少し怯えたような表情をしていたが、震える手で杯を受け取り、恐る恐る一口飲んだ。


「……うまい……」


 ぽつりと、男の口から言葉が漏れた。


「だろ? 遠慮しないで、もっと飲めよ」


 親父はにっこりと笑いかける。いつの間にか、広場にいた奴隷たちは皆、車座になって地面に座り込んでいた。親父が言うには、これは西方の交易都市メルヴの風習なのだそうだ。俺も親父の隣にちょこんと胡坐をかいて座った。


「カイルは学校を卒業したからな。もう大人だ。少しぐらいなら飲んでもいいだろう。だが、みんなにはナイショだぞ? 特に、ママたちには絶対に言うなよ!」


「お、おう、分かったよ親父」


 親父に勧められるまま、俺も初めてワインを口にした。少し酸っぱくて、大人の味だった。


 結局、逃亡しようとした奴隷の件は、いつの間にかうやむやになってしまった。皆で火を囲み、肩を組み、酒を飲み交わす……誰かが陽気な歌を歌い出し、それに合わせて手拍子が起こる。中には、楽しそうに踊り出すヤツもいた。


(なんか……めちゃくちゃだけど、楽しいな)


 俺と親父は、結局その日も塩の村にもう一泊することになった。飲んでみて初めて気づいたが、なんか酒っていい。


 何となくではあるが、親父のことを尊敬した。うまく説明できない。理屈じゃない。


 別荘の寝台で大きなイビキをかいて眠る親父の顔を見ていると、俺もいつの間にか眠りについていた。


「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ