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戦いの後

 城壁の上から、街に戻った活気を眺める。

 家々から人々が群れ出し、昨晩の出来事を笑い合っている。

 俺、ゼファーはリリーと並んでその様子を見下ろしていた。


 朝日が石畳を照らし、街は金色に輝いている。人々の表情は明るく、まるで祭りの日のようだ。女たちは窓から顔を出し、子供たちは広場を駆け回る。昨日まで恐怖に沈んでいた街が、一夜にして活気を取り戻していた。


「……ゼファー」


 リリーの声は静かだ。肩越しに振り向くと、彼女の瞳が少しだけ揺れていた。風が彼女の赤い髪を揺らし、頬に影を落とす。


「どうしたんだ?」


 俺は片眉を上げて彼女を見た。


「……あの権能、すごかったわ」


 リリーが可憐な声で呟く。先日の戦い、俺が発動した"ロード・ミスティック・フィールド"を指しているのは明らかだった。彼女の声には驚きと、何か言いよどむような感情が混ざっている。


「まあな、街の被害を防いだんだ。正しかったと思うぜ」


 俺は肩越しに視線をそらし、城下の人混みを見つめ直した。その表情は自信に満ちているようで、どこか迷いも秘めている。


「でも、ゼファーさまつらそうですわ……」


 リリーは眉を寄せ、心配そうに俺を見つめた。彼女の手が優しく俺の腕に触れる。


「大丈夫かしら? 少し横になったほうが良くないかしら?」


 俺は返答に窮した。確かに犠牲は出さずに済んだが、力でねじ伏せることへの後ろめたさが胸に残っていた。目の前の少女は騎士でありながら、今は彼女の優しさが前面に出ている。


「なぁリリー、お前は騎士として何度も戦場をくぐり抜けただろ? そのたびに、仲間を失ったはずだぜ。もし、大切な誰かを目の前に置かれたら、俺は同じ選択をする」


 風が強まり、城壁の旗が大きくはためいた。俺の言葉は風に消されそうになる。


 リリーが顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめる。その黄金の瞳には、恐れではなく、優しさと思いやりが宿っていた。


「あなたは街の英雄なのですわ。誰も責めたりなんてしない。お体を大事になさってくださいね」


 女騎士の優しい言葉に、胸の奥が温かくなる。俺は深く息をついて頷いた。彼女の言葉には不思議な力があった。傷ついた心を癒す力だ。


「わかったよ。力を使いすぎると、自分を見失う気がしてさ……でも、お前の言葉で元気出たよ、マジで」


 ゼファーは照れくさそうに頭をかく。リリーは小さく笑い、隣で安心したように息を吐いた。彼女の表情が柔らかくなる。初めて会った時の緊張感は影を潜め、今は仲間としての温かさだけが残っていた。


 二人の足下では、街の広場に集まった人々が次々と花を投げ入れている。ゴブリン軍を退けた喜びを、花々で表現しているのだ。子供たちが輪になって踊り、商人たちは特売品を並べ始めている。命の危機を脱した解放感が、街全体を包んでいた。


……その夜、街は祝賀の宴に沸いた。


 街の酒場は人で溢れ、笑い声と酒の香りが広がる。テーブルには色とりどりの料理が並び、楽師たちの演奏が店内に響き渡る。


 俺はヒューゴ、シド、そしてリリーと酒を酌み交わし、笑い声が絶えない。ヒューゴは赤ら顔で戦いの武勇伝を語り、シドは冷静に計算された町の復興計画を語る。リリーはグラスを片手に、初めて見るような表情で周囲を見渡していた。


「あの、ヒューゴさま、いつからゼファーさまと知り合いなのですか?」


 リリーの上品な問いかけに、ヒューゴが豪快に笑う。


「ははは! あいつとは戦友だ。命を預け合った仲さ。なあ、ゼファー?」


 俺は酒を一気に飲み干し、グラスを置いた。


「そうだよな。いつもヒューゴがいなきゃ、俺はとっくにくたばってたぜ」


 ゼファーは肩でワインの入った小瓶を指し、シドに注ぎ足してもらった。シドは静かに笑みを浮かべ、手元の帳簿に何かを書き加えている。


「私も、ゼファーさまに命を救っていただきました」


 リリーの丁寧な言葉に、俺は少し照れた表情を見せる。


「そんなの、俺はただ……たまたまっつーか……」


 言葉を濁す男を見て、ヒューゴが大声で笑った。


「ゼファーの謙虚なところも、いいところなんだよ」


 ヒューゴが大きな手で俺の背中を叩く。


 宴は深夜まで続き、酔った俺たちは城の宿舎へと戻った。


……翌朝、俺は久しぶりに柔らかなベッドで目を覚ました。


 窓の外には、晴れ渡った青空。金色の光が窓から差し込み、部屋全体を明るく照らしている。


 隣ではリリーが穏やかな寝顔を見せている。長い睫毛が頬に影を落とし、普段の鋭さを感じさせない柔らかな表情だ。彼女の呼吸は規則正しく、安心して眠っているようだった。


 静かに起き上がり、窓から街を見渡す。昨日の祝宴の名残か、広場にはまだ花びらが散らばっている。商人たちは早くも店を開き始め、日常が戻りつつあった。


 新たな仲間とともに、俺の村はこれからどう変わっていくだろうか。

 塩を炊く日々に、彼女の姿が加わる。

 独りで守ってきた土地に、もう一人の住人が増える。


 俺は期待と不安を胸に、もう一度大きく息を吸い込んだ。朝の空気は清々しく、新しい日の始まりを告げていた。


 ……さあ、明日は村に戻る日だ。


 リリーが目を覚まし、起き上がる気配がした。彼女と目が合うと、互いに微笑み合う。言葉なくても、二人の間には何かが生まれていた。新しい絆。共に歩む決意。


 俺たちは荷物をまとめ始めた。村への帰路に備えて。

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